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おすすめ度
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C.E.ガッタ
(原著)
アルフレード・ジャンネッティ
(脚本)
エンニオ・デ・コンチーニ
(脚本)
¥ 1,575(税込)
¥ 8,500(税込)
ジャンル内ランキング:52392位
カスタマーレビュー数:5
【Amazon.co.jp】
ローマの古びたアパートに強盗が入り、イングラヴァロ警部(ピエトロ・ジェルミ)らがその捜査に乗り込む。一人暮らしの被害者はなぜか非協力的で、警部は女中アッスンダ(クラウディア・カルディナーレ)の婚約者ディオメデ(ニーノ・カステルヌーボ)を取り調べるが、やがて隣室の夫人が何者かに殺害される…。 戦後イタリア映画界の名匠ピエトロ・ジェルミ監督が、主演も兼ねて贈るヒューマン・サスペンス映画の名作。ローマの市井がネオ・レアリズモ的なタッチで実にきめ細やかに描かれており、その意味では『鉄道員』など彼が得意とする小市民劇と見事に呼応している。ミステリとして観ると拍子抜けしてしまうが、俳優ジェレミの渋い警部ぶりなど、味のある人間ドラマとして接するべし。(的田也寸志)
【くちコミ情報】
その淡々とした悲しさにひどく感動したイタリア映画の大傑作
小学生のときに観た。 タイトルを直訳すると映画のネタバレになってしまうのを『刑事』と訳した当時の配給会社は本当に偉かった。この映画のもっとも面白いところは刑事の生き様を描いている所だからである。 何人も刑事が出てくる。太っちょで腹にちょんと乗っかるような短いネクタイをしている刑事サロ。皆が長いネクタイをしているのに、お洒落とは思えない彼がちゃんとネクタイで自己主張している。イタリア人だなぁ。彼は「ゴッドファーザー(1972)」にヴィテリ役で出ていた。 捜査の途中で協力してくれた女の子に電話番号を聞く刑事。イタリア人だなぁ。 主人公の刑事イングラヴァーロ(推定45歳のピエトロ・ジェルミ)は独身。仕事が忙しくて結婚できなかったのだろう。捜査の合間に警察から恋人らしき女性に電話をかける。画面の時計は夜の九時近く。約束をつけようとして電話をかけたが、捜査の情報が入り電話を切る。何度か恋人に電話するシーンが出てくるが、結局彼女は一度も画面に登場しない。自分の幸せを随分犠牲にしている男の姿が悲しい。 捜査の途中に何度も電話が使われるが、しょっちゅう繋がらない。交換手と警察の上司が混線して誰を相手に喋っているのか分からなくなるシーンはイタリアらしくて笑える。 犯人は最後までまったく想像がつかない。というより、決定的に怪しいと刑事が睨んだ人物は犯人では無かった。悪党はそこにいるのに、悪党は犯人ではなく、刑事が「この娘はいい子だ」と思った娘を悲しませる結末となる。イングラヴァーロ刑事はそれが悲しく、犯人を連行する車中でサングラスをかける。恋人の名を叫びながらその車を追うクラウディア・カルディナーレ。アリダ・チェリの歌う切ない「死ぬほど愛して」が流れる。名ラストシーンだ。 子供のとき観て、その淡々とした悲しさにひどく感動した。主題歌のレコードも買った。心に沁みる、何十年もその哀愁が忘れられない、大傑作だと思う。
こんな刑事では困る
公開されたときは主題歌もふくめて評判になった。しかし、こんにちの眼からすると、疑問の多い作品だ。 高級アパートで金持ちの夫人が殺された。ピエトロ・ジェルミ警部はその夫やいとこに疑いをかけて追求する。しかし、それは状況証拠すらなく、警部の勝手な推測に基づくものだった。執拗な尾行や尋問で相手を追いつめて、理由もないのに暴力さへふるう。 その過程でスキャンダラスな人間模様がうかびあがってくる、という寸法だが、これはまったく余計なことだった。当時はこんな乱暴な捜査が許されたのかもしれないが、作品の品位を下げただけ。 警部が真犯人がだれなのか気がつくのは、最後になって、見落としていた小さな事実からだった。
こんな刑事では困る
公開されたとき評判になった。のちに大女優になったクラウディア・カルディナーレが20歳のときの作品である。音楽も話題になった。ただこんにちの眼からすると、疑問の多い映画だとおもう。 高級アパートで金持ちの夫人が殺された。ピエトロ・ジェルミ警部はその夫やいとこに疑いをかけて追求する。しかし、それは状況証拠すらなく、警部の推測に基づくものだった。執拗な尾行や尋問で相手を追いつめて、理由もないのに暴力もふるう。 当時はこんなめちゃくちゃな捜査が許されたのだろうか。そして、スキャンダラスな人間模様がうかびあがってくるという寸法ではあるが、殺人事件の捜査とは関係ない。これはまったく余計なことだった。
シブいシブい! イタリア製刑事もの
(単に日本に紹介されていないだけかもしれませんが)イタリア製の刑事物って珍しいと思いませんか? 監督は庶民派ピエトロ・ジェルミ。彼の作品って、あの名作“鉄道員”一本しか観たことがなかったのですが、刑事ものまで自作自演してしまうとは。でも、自分の才を衒うことなく、重厚で見応えのあるドラマを展開していくところはやっぱりエラい。 p 製作されたのは1959年。日本ではちょうど松本清張氏の社会派推理小説が全盛を極めていた時代ですが、同じ時期にイタリアでまさにそれを地でいくような映画が作られていたとは驚きです。 役者たちもみんな味があっていいのですが、やっぱり最高なのがクラウディア・カルディナーレ。本来ネアカな人とお見受けしますが、映画では、情熱を内に秘めて、ぐっと耐え忍ぶ役(まるで日本女性)がバッチリ決まっていました。あのらんらんと輝く瞳はちょっとキツ過ぎる、と思う方も居られるでしょうが、この作品のように脚本がしっかりしていると気にならないと思います。 p 余談ですが、イタリア映画では登場人物が相手を平手で思いっきりブッ叩くシーンがよく見られます(結構それを見るのが楽しみなんです)。この作品でもずいぶんとまた小気味よいブッ叩きが見られました。
ピエトロ・ジェルミの刑事
最後にこの映画を見たのはもう十数年も前のTVの深夜映画だったように記憶している。映画のタイトルバックの噴水と雨のローマが印象的であった。ストーリーは単純明快であるが、登場人物の心理状態が画面を通じて直接的に伝ってくる作品だと思う。 ピエトロ・ジェルミさんの魅力は決してヒーロー的な存在ではなく自身も極一般的な市民として描いているところだと思う。恋人との電話のやり取りや、過去に自分が訪れた経験から容疑者が訪れたモーテルを特定するシーンはその最たるものではないだろうか。これがネオリアリスモの表現方法であろうが、フランス映画や他の監督作品のように堅苦しくなく、すんなりと受け入れられるところが氏の監督・俳優としての優れたところであると思う。 また、下町情緒の溢れる人々の描写や復興半ばのローマの描写は誇張されず、美化されず、その時代がありのままに映し出されているためにより近親間を覚える。どこか日本的に感じるのもこの描写によるものだと思う。テーマ音楽もボレロのリズム、もの悲しいマイナーの曲調が更にその印象を深めている。 共演のクラウディア・カルディナーレ、エレオノラ・ロッシ=ドラゴ、ニーノ・カステルヌォーボなどの出演も十分に楽しませてくれる要因だと思う。 佳作と思うか、名作と感じるかは観る人によって様々であるが、若い映画ファーンの皆さんも是非ごらんになると良いと思う。
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おすすめ度
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C.E.ガッタ
(原著)
¥ 2,625(税込)
¥ 9,800(税込)
ジャンル内ランキング:90255位
カスタマーレビュー数:5
【Amazon.co.jp】
ローマの古びたアパートに強盗が入り、イングラヴァロ警部(ピエトロ・ジェルミ)らがその捜査に乗り込む。一人暮らしの被害者はなぜか非協力的で、警部は女中アッスンダ(クラウディア・カルディナーレ)の婚約者ディオメデ(ニーノ・カステルヌーボ)を取り調べるが、やがて隣室の夫人が何者かに殺害される…。 戦後イタリア映画界の名匠ピエトロ・ジェルミ監督が、主演も兼ねて贈るヒューマン・サスペンス映画の名作。ローマの市井がネオ・レアリズモ的なタッチで実にきめ細やかに描かれており、その意味では『鉄道員』など彼が得意とする小市民劇と見事に呼応している。ミステリとして観ると拍子抜けしてしまうが、俳優ジェレミの渋い警部ぶりなど、味のある人間ドラマとして接するべし。(的田也寸志)
【くちコミ情報】
その淡々とした悲しさにひどく感動したイタリア映画の大傑作
小学生のときに観た。 タイトルを直訳すると映画のネタバレになってしまうのを『刑事』と訳した当時の配給会社は本当に偉かった。この映画のもっとも面白いところは刑事の生き様を描いている所だからである。 何人も刑事が出てくる。太っちょで腹にちょんと乗っかるような短いネクタイをしている刑事サロ。皆が長いネクタイをしているのに、お洒落とは思えない彼がちゃんとネクタイで自己主張している。イタリア人だなぁ。彼は「ゴッドファーザー(1972)」にヴィテリ役で出ていた。 捜査の途中で協力してくれた女の子に電話番号を聞く刑事。イタリア人だなぁ。 主人公の刑事イングラヴァーロ(推定45歳のピエトロ・ジェルミ)は独身。仕事が忙しくて結婚できなかったのだろう。捜査の合間に警察から恋人らしき女性に電話をかける。画面の時計は夜の九時近く。約束をつけようとして電話をかけたが、捜査の情報が入り電話を切る。何度か恋人に電話するシーンが出てくるが、結局彼女は一度も画面に登場しない。自分の幸せを随分犠牲にしている男の姿が悲しい。 捜査の途中に何度も電話が使われるが、しょっちゅう繋がらない。交換手と警察の上司が混線して誰を相手に喋っているのか分からなくなるシーンはイタリアらしくて笑える。 犯人は最後までまったく想像がつかない。というより、決定的に怪しいと刑事が睨んだ人物は犯人では無かった。悪党はそこにいるのに、悪党は犯人ではなく、刑事が「この娘はいい子だ」と思った娘を悲しませる結末となる。イングラヴァーロ刑事はそれが悲しく、犯人を連行する車中でサングラスをかける。恋人の名を叫びながらその車を追うクラウディア・カルディナーレ。アリダ・チェリの歌う切ない「死ぬほど愛して」が流れる。名ラストシーンだ。 子供のとき観て、その淡々とした悲しさにひどく感動した。主題歌のレコードも買った。心に沁みる、何十年もその哀愁が忘れられない、大傑作だと思う。
こんな刑事では困る
公開されたときは主題歌もふくめて評判になった。しかし、こんにちの眼からすると、疑問の多い作品だ。 高級アパートで金持ちの夫人が殺された。ピエトロ・ジェルミ警部はその夫やいとこに疑いをかけて追求する。しかし、それは状況証拠すらなく、警部の勝手な推測に基づくものだった。執拗な尾行や尋問で相手を追いつめて、理由もないのに暴力さへふるう。 その過程でスキャンダラスな人間模様がうかびあがってくる、という寸法だが、これはまったく余計なことだった。当時はこんな乱暴な捜査が許されたのかもしれないが、作品の品位を下げただけ。 警部が真犯人がだれなのか気がつくのは、最後になって、見落としていた小さな事実からだった。
こんな刑事では困る
公開されたとき評判になった。のちに大女優になったクラウディア・カルディナーレが20歳のときの作品である。音楽も話題になった。ただこんにちの眼からすると、疑問の多い映画だとおもう。 高級アパートで金持ちの夫人が殺された。ピエトロ・ジェルミ警部はその夫やいとこに疑いをかけて追求する。しかし、それは状況証拠すらなく、警部の推測に基づくものだった。執拗な尾行や尋問で相手を追いつめて、理由もないのに暴力もふるう。 当時はこんなめちゃくちゃな捜査が許されたのだろうか。そして、スキャンダラスな人間模様がうかびあがってくるという寸法ではあるが、殺人事件の捜査とは関係ない。これはまったく余計なことだった。
シブいシブい! イタリア製刑事もの
(単に日本に紹介されていないだけかもしれませんが)イタリア製の刑事物って珍しいと思いませんか? 監督は庶民派ピエトロ・ジェルミ。彼の作品って、あの名作“鉄道員”一本しか観たことがなかったのですが、刑事ものまで自作自演してしまうとは。でも、自分の才を衒うことなく、重厚で見応えのあるドラマを展開していくところはやっぱりエラい。 p 製作されたのは1959年。日本ではちょうど松本清張氏の社会派推理小説が全盛を極めていた時代ですが、同じ時期にイタリアでまさにそれを地でいくような映画が作られていたとは驚きです。 役者たちもみんな味があっていいのですが、やっぱり最高なのがクラウディア・カルディナーレ。本来ネアカな人とお見受けしますが、映画では、情熱を内に秘めて、ぐっと耐え忍ぶ役(まるで日本女性)がバッチリ決まっていました。あのらんらんと輝く瞳はちょっとキツ過ぎる、と思う方も居られるでしょうが、この作品のように脚本がしっかりしていると気にならないと思います。 p 余談ですが、イタリア映画では登場人物が相手を平手で思いっきりブッ叩くシーンがよく見られます(結構それを見るのが楽しみなんです)。この作品でもずいぶんとまた小気味よいブッ叩きが見られました。
ピエトロ・ジェルミの刑事
最後にこの映画を見たのはもう十数年も前のTVの深夜映画だったように記憶している。映画のタイトルバックの噴水と雨のローマが印象的であった。ストーリーは単純明快であるが、登場人物の心理状態が画面を通じて直接的に伝ってくる作品だと思う。 ピエトロ・ジェルミさんの魅力は決してヒーロー的な存在ではなく自身も極一般的な市民として描いているところだと思う。恋人との電話のやり取りや、過去に自分が訪れた経験から容疑者が訪れたモーテルを特定するシーンはその最たるものではないだろうか。これがネオリアリスモの表現方法であろうが、フランス映画や他の監督作品のように堅苦しくなく、すんなりと受け入れられるところが氏の監督・俳優としての優れたところであると思う。 また、下町情緒の溢れる人々の描写や復興半ばのローマの描写は誇張されず、美化されず、その時代がありのままに映し出されているためにより近親間を覚える。どこか日本的に感じるのもこの描写によるものだと思う。テーマ音楽もボレロのリズム、もの悲しいマイナーの曲調が更にその印象を深めている。 共演のクラウディア・カルディナーレ、エレオノラ・ロッシ=ドラゴ、ニーノ・カステルヌォーボなどの出演も十分に楽しませてくれる要因だと思う。 佳作と思うか、名作と感じるかは観る人によって様々であるが、若い映画ファーンの皆さんも是非ごらんになると良いと思う。
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ミシェル・ルグラン
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フランスの港町シェルブール。傘屋の娘(カトリーヌ・ドヌーヴ)と自動車修理工の青年(ニーノ・カステルヌオーヴォ)が恋に落ち、結婚の約束を誓い合うが、やがて青年はアルジェリア出征に徴兵され、戦地で消息を絶つ…。 若者達の悲恋を、全編の台詞を歌詞として歌で表現しながらドラマを進めるレシタティヴ式のミュージカルで描き上げていくという、名匠ジャック・ドゥミ監督による画期的な出世作。ミシェル・ルグラン作曲の流麗なメロディと、雨の港町に映える雨傘の色彩や風景などが見事にマッチし、観る者のロマンティシズムと哀愁の涙を誘う。若き日のカトリーヌ・ドヌーヴの、初々しい美しさも印象的である。カンヌ国際映画祭グランプリを受賞。(的田也寸志)
【くちコミ情報】
んーっ、やっぱりなぁ
映画は学生の時に見た。後にも先にもミュージカルはこれだけ。内容なんか覚えてなくて、だからもう一度見たいと思って探した。あった。内容に対する感慨はあの時ほどではなかったけど、「やっぱりなぁー」って。それよりも、きれいな状態で、まるで「楽しんでください」って感じで届けてもらったことに感謝している。 ありがとうございました。
生涯のNO.1!
オープニング・シーンとラスト・シーンの美しさは息を呑むばかりです。 これだけでも一見の価値ありです。この映画のドヌーヴはもう惚れ惚れ するぐらいに美しいですし、ミッシェル・ルグランの音楽も本当に素晴ら いです。何度みても至福の映画体験ができます!
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在庫あり。
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カスタマーレビュー数:16
【くちコミ情報】
音楽が美しく切なく泣けてくる
映画音楽を担当した、ミシェル・ルグランが数年前に来日し、コンサートを開きました。その際に「徹子の部屋」でシェルブールの雨傘を生演奏をしましたが、すごく素敵でしたよ。人間性も含めて素晴らしい作曲家だと感じました。 やはり、かつての映画は音楽だけでも素晴らしく、映画のワンシーンが浮かんでくるほど、良かったですよね。 この映画の頃は、まだドヌーブは二十歳そここでした。十代で未婚の母にもなっていたんですが、そんな風には見えないですよね。美しすぎて・・・・ 全編を通して台詞は歌われます。ミュージカルというと、ハリウッド的な商業主義のちょっと軽い感じになってしまうのであまりこの言葉は使いたくありません。 フランスの良き時代の美しい映画です。曲を聴いただけで泣けてきます。
小粋でお洒落なフランス映画
シェルブールの雨傘。 1964年のフランス映画である。確か同年にカンヌ国際映画祭パルム・ドール賞を受賞した作品と記憶している。 私的な事だが、まだ字がまったく読めない幼年期に、母に連れられて映画館で観た記憶(リバイバル上映)があるが、 当然、ストーリーなど 分るはずが無く、記憶しているのは、映像の華やかさ、それと全面セリフが歌の為、わりと飽きずに観ていた事を記憶している。 今回、デジタルリマスター版が発売した事により購入し、視聴したが、当時の薄らした記憶が少し鮮明になったと同時に、本作の素晴らしさを あらめて実感出来た。 簡単に、この映画を表現すると「全面セリフが歌である、悲劇のラブストーリー。良い意味でフランス映画らしい作品。」となる。 ストーリーは単純明快である為、敢えて解説しないが音楽監督は数々の一流ジャズミュージシャンと競演し、音楽監督としても、著名な シェル・ルグランであり、本作品に於いても才能を遺憾なく発揮し「シェルブールの雨傘」を「名作」の地位に押し上げた功労者の一人である。 シェル・ルグランとしても本作で一躍有名になった。(主題曲を知らない人はいないのでは?観て頂く間で「このフレーズしっているよ!」と妙に 嬉しくなるのでは。) 又、当時、まだ新人女優の一人にすぎない「 カトリーヌ・ドヌーヴ」は初々しく、とてもチャーミングであるが、後には、良い意味でも 悪い意味でも風格を感じさせ、フランス映画界、黄金期最後の大女優の一人と表現しても過言ではない表現者になる。 ジャック・ドゥミ監督の色彩感覚は、とてもフランス映画らしい小粋でお洒落な感覚の持ち主であり、後の作品にも実力を発揮している。 近年、「シェルブールの雨傘」の様な作品は生まれにくいが、「フランス映画」好き、「ミュージカル映画」(ハリウッドミュージカルとは趣向が 相違する)好きには、是非とも観て頂きたい作品である。 因みに、私的な査定で大変に僭越ですが、本作品は「私が好きな映画」30位です。
美しく哀しく
子供のときは最後まで見られなかった。大人になって初めてわかる哀しさが、この映画にはあると思う。 カトリーヌ・ドヌーヴの若く最高に輝かしい時代をとらえた点が、作品の価値をさらに高めていると思う。
Tu partages ma vie!(一緒になろう!) せつない大傑作!
あらためてDVD版を見ました。画質のPAS MALさよりも何よりも、泣けて泣けて仕方ありませんでした。凡百のメロドラマのはるか上をゆく、つくり。何よりもせつない音楽。GUY GENEVIEVE MADELEINE・・・みんなせつない、実にせつない!!この映画を見て泣く人に悪人はいないでしょう・・・ドヌーヴはやはり別格の美しさですね。Tu pa tages ma vie!(一緒になろう!)と言ったのに、引き裂かれる二人。せつなくて、やりきれない。
これぞまさにおフランス!フレンチ・ミュ−ジカル映画の決定版!
突然ですが、「シェルブールの雨傘」です。これぞ我がメランコリック映画路線ではベスト3の一作。 ただ、ハリウッド映画「ある愛の詩」とどこが違うのか・・・と聞かれると、その答えは難しい。 内容は単なる「メロドラマ」なので。 単に、全編をミュージカルに仕立て上げたジャック・ドゥミの機転というか、アイディアが素晴らしい!しかも、フランス人でしか創れない、フレンチ・センスのミュージカルに挑戦し、成功した希有な作品、といったところでしょうか。 注目すべき点は、監督ドゥミ対作曲家ルグランの対決で、この作品はやはり、ル・グランあっての成功でしょう。もちろんドヌーヴもありき!でしょうが、個人的には、完全に映画においての音楽の圧倒的な勝利だと感じます。 というのは、つい最近、クラシック音楽のバイオリニストがこの映画の主題を演奏しているライブ映像を発見して、楽曲の素晴らしさに改めて気づきました。演奏者も相当凄いのですが、一見、誰もが口ずさめる単純なメロディーのようで、ルグランの音楽もクラシック音楽に匹敵する上質な味わいがある....。 なおかつ、ドゥミ&ルグランのコンビは、古き良き時代のフランス映画の味わいを留めている。 それ故の一票でした。チャオ〜☆
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