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[ J.M. Coetzee ]

         


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   J.M. Coetzee の売れ筋最新ランキング   [2010年07月29日]
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カスタマーレビュー数:8

くちコミ情報
白人か黒人かの区別
南アフリカのケープタウンが舞台の小説です。 アパルトヘイトの制度自体について詳しく描かれてはおらず 制度が崩壊に向かう混乱期が時代背景になっています。 とはいえどれだけの理不尽な制度であったか、 白人の視点からの話ですが節々から読み取れます。 耳慣れない地名や言葉など 距離もそれ以外でも日本からは遠い国だったのだなと実感しました。 難点は、登場人物が白人か黒人か明記されないこと。 これがわかりづらいので、混乱しながら読むことになりました。
差別の構造がクリアになる
末期ガンの白人女性が死を独りで迎えるということに耐えきれないあまり、 家の近所にいた黒人のホームレスを家に住まわせるというストーリー。 時代はまだアパルトヘイトが現存している南アフリカ。 南アフリカでアパルトヘイトというものがどう捉えられているか。 この本を読んでわかったのだが、実は、利益を得ている白人自体がアパルトヘイトを恥じているのです。 さらに、アパルトヘイトという制度を作った南アフリカという国家そのものを呪っている。 だからといって、黒人に対してリベラルでいられるかというとそうでもない。 近づけば近づくほど埋められない溝を感じて嫌悪感を抱いてしまう。 そして、そのような自分を恥じて、今度は自分を呪いはじめる・・・根深い差別の心のメカニズム。 ぼくたちが映画などで目にするだろうアメリカの黒人差別とはまた異なった南アフリカ独特の問題を、 確かな筆力で丁寧に描いてくれている。
読んでよかったです
「この土地のうえを、この南アフリカを歩いていると、だんだんいくつもの黒い顔のうえを歩いているような気がしてくるのよ」(150p)。 主人公である白人の老婦人がつぶやいたこの台詞が、アパルトヘイトを象徴しているような気がします。 このご婦人はガンを告知されてしまい、娘に遺書を残します。その遺書がこの作品の本文に当たります。 体制に抗おうとする子供達の悲惨な結末が描かれるなど、決して明るい話ばかりではありませんが、 アパルトヘイト下のアフリカに真っ向から向き合ったメッセージ性の強い作品です。
全体を貫く「怒り」
池澤夏樹氏編集の世界文学全集の1冊。 クッツェーの小説は初めて読む。名前は知っていたが、ノーベル文学賞受賞とか言われるとかえって読む気がなくなるという天邪鬼な性格のせい。 南アフリカのアパルトヘイト末期を舞台に老婦人の娘への手紙という形式の小説。 甘ったるい感傷的なところは全くなく、全体を貫く「怒り」、この世の不条理さを訴えるような文章は、読むのが辛いぐらいだった。でも、読むのが止められない。 ありきたりの表現だけど、人間の尊厳とは何かを考えさせられた。
自問自答する末期がん患者
翻訳も良いし、クッツェーの心理描写はとても奥深く生き生きしています。 主人公カレン(70歳・末期の癌で死が近いことを知った)の葛藤や迷いが物語りの大半を占めています。途中、ドライブに出かけたり他の登場人物との会話もありますが、この本はカレンがアメリカに住む娘宛に書いた遺書ということもあり、彼女の過去 現状 未来に対しての自問自答が延々と繰り返される。池澤夏樹氏の「ぼくがこの作品を選んだ理由」に、「差別は全ての国、全ての社会にある。しかしその心理をたいていの人は理解していない。」と書いてあったのを見て、アパルトヘイトや南アフリカの境遇について触れているのかと期待して購入しましたが、実際はカレンの不安や怒りについて書かれている部分が多く、社会派フィクションを期待していた自分には文化的バックグラウンドや物語の展開が浅く少々期待外れでした。アパルトヘイトに関して、というより死を間近にしたカレンに押し寄せる不安、欲、正義感等についての物語と感じました。 また、他のレビューにもありましたが、個人的にこの主人公に感情移入し難く彼女の煮え切らない思いや、一人でひたすら叱責する様子は、魅力的とは思えなかったのも残念です。むしろ浮浪者のファーカイルの方が面白く柔軟な人物でした。 結果として星3つという厳しい評価になってしまいましたが、さらっと読み進められる良い文体でした。


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カスタマーレビュー数:7

くちコミ情報
世界に、人に、何かを刻む
「夷狄が襲来してくる」といって警戒し続け、しかし物語中、夷狄は実際には襲来してこない。 このシチュエーションはブッツァーティの「タタール人の砂漠」に通じるところがあるが、タタール人が孤独の静かな狂気に陥っていくのに対して、この作品は暴力、全体の狂気が現れてくる。 注目するところは、軍によって行われる暴力、「私」の夷狄の女性に対するねじくれた感情などいろいろあるのだが、ここであえて「歴史と記憶」について。 「私」は遺跡を掘り返し、過去そこに生きてきた人々と声ならぬ対話をする。 最後に年代記を書こうと考えるのも、未来に自分の骸を見つけた誰かに語りかけたいという思いがあるからだ。 人と肉体的に交わるのは、性行為も暴力も実は同じで、誰か自分以外の人に、自分を刻みつけたいという思いからだろう。 それは「私」の、歴史に名を残したいという願いと、根本的につながっている。 たぶん人は、自分が世界にも他人にも、なんの足跡も残さずに去ることが怖い。 老人「私」は、始終驚き続けている。 気がついたらいつの間にか事件のど真ん中にいて、老人はなぜ自分がこんなことになってしまったのか、わかっていない。そして読む私たちもわからない。 きっと人の歴史ってこんなものなのだろう。 事件はほんの数年の出来事だが、その視野には何百年という「人間の歴史」がつまっている。 なんともいえぬ、不思議な読後感。とりあえずは一読。
『恥辱』がイマイチだった人にはおすすめ
なぜか『恥辱』にはピンと来なかったので、 食わず嫌いになっていたクッツェーだが、 どこかカルヴィーノやカフカを連想させるこの作品は、 自然描写の美しさに惹かれてスラスラと読んでしまった。 ただし、本書とその20年後に書かれた『恥辱』は、 設定こそ大幅に異なっているものの、 自らの老醜(とくに体型)を自覚している男が、 若い女への執着を機に地位を失って一気に転落し、 肉体的な暴力によって屈辱を嘗めるという筋だけを見れば、 殆ど瓜二つと言ってもいいほどに似通ってもいる。 理不尽な暴力によって、癒し難い恥辱を与えられるという体験を 繰り返し描いているところをみると、 ついついクッツェー本人の幼少期にも 同様の体験があったのではないかと勘繰りたくなるのだが、 (未読の『少年時代』に詳しく書いてあるのだろうか?) 実を言えば、拷問の凄まじさは予想していたほどではなかったし、 主人公が夜ごとに夷狄の娘の肉体を弄びながら、 行為には及ぶことなく眠り込んでしまうという、 谷崎の「眠れる美女」を逆転させたような場面にしても、 気持ち悪いというよりは、むしろファンタジックな印象のほうが強い。 「後味の悪さ」を残す作風ということでは やはり『恥辱』のほうが遥かに上なのかもしれず、 そのあたりが☆4つにとどめた理由でもある。 ちなみに、邦訳タイトルには多少の違和感を覚えた。 「夷狄」という古めかしい漢語をあえて使ったのは、 むろん、『ゴドーを待ちながら』を念頭に置いてのことだろうが、 文語ゆえにどこか実感に乏しいことは否めず、 " a a ians"という原語に籠められていたはずの 差別-被差別の問題が、完全に捨象されてしまう気がする。 そもそも、"godot"と" a a ians"では音節数が違うのだから、 邦訳でも無理に合わせる必要はなく、「野蛮人」でまずければ 「蛮族」あたりでも良かったのではないか。
A deep and thought provoking story
This is one of the deepest and mind seac hing ooks I have ead. The autho touched the soul of man in today's wo ld whe e good is always in conflict with evil, sta ting with ou selves and the gene al society in which we live.It eminded me of Disciples of Fo tune y janvie Tisi p Also ecommended: THE UNION MOUJIK, AGE OF IRON, BOYHOOD
A classic story
Waiting fo the Ba a ians is a fascinating sto y a out a magist ate wo king fo a dysfunctional and co upt colonial empi e that o de s on the outski ts of the mode n wo ld.. With deep political unde tones Coetzee's tale of man against a co upting society whe e e ellion and pe sonal edemption a e inevita le is what makes this sto y so full of enlightenment and secu ed its place as one of the g eatest classic sto ies of the twentieth centu y. Not easy to elate to, this sto y neve theless succinctly conf onts the conflicts of positive and negative t aits which we all have to conf ont to ecome eally human in life . This conflict in ou souls which a e man's unavoida le dilemmas has pe haps een est exposed Coetzee and Dostoyevsky. A highly ecommended ook. p Also ecommended a e THE USURPER AND OTHER STORIES, DISCIPLES OF FORTUNE, THE UNION MOUJIK, THE IDIOT
待望の文庫本化
集英社ギャラリー[世界の文学]第20巻に収録されていた作品でしたが、このたび独立した文庫本として発売されることになりました。 帝国に支配される辺境の町。そして遠方から移動してくる姿の見えない夷狄。この構図は、古代ギリシアのポリスに対する a a oi、古代ローマに対するgalliを連想させに充分であり、原題Waiting fo the a a iansからも、作者の古典に対する意図は充分伺われると思います。 p とある時代、とある場所の帝国が舞台。主人公は初老の民政官である私。そこへ帝国の治安警察の将校が視察にやって来ます。最重要部門第三局に所属するサディストのジョル大佐、彼は、辺境の夷狄との戦争が始まるのだと言います。反発する私。ふたりの対立を軸に、ジョル大佐の遠征、捕虜の連行、果てしない暴行が繰り広げられ、私は連れて来られ盲にされた女と奇妙な関係を持つに至ります。女を夷狄の部隊に返そうと、今度は私が遠征する。しかし、帰ってくると、夷狄に通じたとして反逆罪に問われてしまう。激しい拷問。そして野良犬のような生活。 やがて夷狄による本格的な攻撃が始まります。戦局は悪化し、駐屯軍の撤退が始まり、取り残された私たちは、夷狄を待ちながら最後の時を過ごすのです……。 p 執拗で生理的な嫌悪をかきたてる容赦のない暴力の描写が目に付きますが、しかし、それはヘロドトスなどの古典を繙けば頻繁にお目にかかれるもので、「古くて新しい」記述とでも言うべきもの。南アという、現在進行形で二つの文化がぶつかり合うホットな地域に根差し、それを自らの西洋的なルーツを辿り重ね書きpalinpsestすることで、この作品は、知的な構成を保ちつつも、人間の奥底に眠っている根元的な在り方の一側面を描き出す事に成功していると思います。


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カスタマーレビュー数:3

くちコミ情報
読ませるが、面白いか?
文章としては読ませるもので、文章は流麗でかなり見事。しかしながら、話そのものはそれほど面白いかと言えば、それは疑問。 小説とエッセイの中間くらいのものと考えて、文学論と小説についての本と考えるなら楽しめたのか。
メタ・フィクション(現実と文学)
私は、同じ著者の「動物のいのち」と合わせ読んで、クッツェーの動物愛護とは、「暴力」のモチーフの延長として理解しました。つまり、作家が暴力、悪を描くときの想像力がどの程度リアリティーを持つのか、その罪の意識は種の枠を超えられるのか、という問題です。 そのために、現実とフィクションの境界を曖昧にするメタ・フィクションという形式が採られているのではないでしょうか。私は、文学という閉じられた世界の中での、いわばマスタベーション的なそれは、どうなんだろうと思いますが、このような現実に積極的に関係しようとするメタ・フィクションは大歓迎です。
作家ならではの問題意識
 オーストラリア出身の66歳のエリザベス・コステロは著名な作家だ。文学賞授賞式でもひるむことなく、挑発的なスピーチで物議をかもすこともしばしば。旧知の作家に再会した席で、アフリカ小説は常に欧米の読者を意識しなくてはならなかったと熱弁をふるい、南アフリカの病院で働く尼僧である姉を訪れた時は、近況報告もそこそこに、人文学や神学について夢中で議論を闘わせる。だがそんな彼女ですら、作家は悪を描くべきか否か、という問題には確信ある答えを導き出せず悩み苦しむ。  創作に真摯に向き合っているからこそ直面する作家ならではの問題意識や苦悩がある時は真剣に、ある時は滑稽に描かれていく。だが、エピソードの積み重ね方が弱いし、小説としてのまとまりに欠けている。それは著者自身が大学で講演した際の原稿を「小説として」まとめなおしたものという本書の生い立ちにあるのかもしれない。


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¥ 2,100(税込)
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カスタマーレビュー数:26

Amazon.co.jp
   舞台はアパルトヘイト撤廃後の南アフリカ。離婚を2度経験している大学教授のデヴィッドは、若いころから奔放な性を楽しんできたが、52歳になった今でもその欲望は衰えを知らない。そんなある日、彼は20歳の女子学生に強烈に引かれ、歳の差も社会的な立場も考えずに彼女を追いまわすようになる。半ば強引に彼女と関係を持ったデヴィッドはセクハラで告発され、軽蔑されて憎まれて、追われるように大学を去る。娘が経営する自作農園に身を寄せて再生の道を模索するが、そこにはさらなる恥辱が待ち受けていた。

   本書でブッカー賞史上初となる2度目の受賞を果たしたJ・M・クッツェー。2003年には、文学的功績を認められてノーベル文学賞受賞の名誉にも輝いている。簡潔で鋭い文章を武器にするクッツェーが描くのは、新旧の思想や力が混在する社会に暮らす人々の心だ。カフカ的な不条理な展開を軸に、若さと老い、欲望と道徳のはざまで揺れる人間を冷徹なまでにまっすぐ見すえながら、読後感は決して冷たくはない。

   本書でも、主人公は性欲という泥沼の中で哀しいくらいこっけいにもがいてみせる。職も名誉も失いながら、それでも性欲に振り回されてしまう情けなさ。新しい価値観と古い価値観がぶつかり合う混乱の中で暮らす不安と無力感。だが、あまりにみじめな主人公に怒りすら感じながらも、読み手は物語から目を離すことができない。なぜなら、彼の弱さは人間(特に男性)そのものの弱さであり、彼が恥辱にまみれるとき、読み手もまた堕ちていく感覚を味わうからである。

   われわれはそうした情けなさから逃れることはできず、彼と同じくもがきながら生きていかねばならない。クッツェーの救いのない小説に不思議な温かみがあるとすれば、人生を不毛だとしながらも、苦闘する人間そのものは否定しない姿勢に共感を覚えるからであろう。(小尾慶一)


くちコミ情報
イギリス文学の王道のような作品
史上初のブッカー賞の二度受賞、ノーベル賞は伊達ではなかった。うまいね。うますぎる。大学教授がセクハラ(?)をきっかけに躓いていく。三人称だが、実質的には大学教授の目で記述されていく。全体に散りばめられた文学作品からの引用。主人公が作ろうとしているオペラの使われ方もうまい。そしてリアリズムの筆致で南アフリカの混沌とした世界がたんたんと描かれていく。暴力、レイプによる支配。それでも読後感は不思議に爽やかだ。 南アフリカの作家ではあるが、イギリス文学の王道のような作品。
さすがノーベル賞だなー
セクハラで職を失ったケープタウンの大学教授が、自分の娘が移住した南アの田舎に行き、そこで、恥辱を味わう話。しかし、恥辱を受容した先に、新たな希望のようなものも見えて、読後感は、さわやかだった。 教授は、西欧の価値観の中では成功者と呼ばれるであろう職業についているが、それに面白みを感じないほどだらしなく伸びきった生活をしている。しかし、セクハラで職を失ってもなお、ある種のプライドがあるし、自分を保てている。そんな彼が自分の娘が田舎で直面している生活を見て、自分のこれまでの価値観が何の力も持たないことを徐々に感じ自分を保てなくなっていく。西欧の価値観や知的階級が通用せず、アパルトヘイト撤廃後で暴力的で混沌とし新たな価値が生まれ出ようとしている南ア。知的都会人の教授が、それらをどのように処理していくのか。グローバリズムでよく言われる多様な価値の受容がいかに難しいかを見せ、西洋中心主義を超えた次世代の価値のあり方の模索を問いかけているように感じた。そして、人間のたくましさも。 今、ふと思った。「恥辱」は、教授が田舎で味わったことではなく、もしかしたら、ケープタウンにいたときの教授自身を称しているのかもしれない。
素晴らしい
本屋で見つけ、何気なく読み始めました。簡潔、重厚な文体、飽きさせないストーリー、とても楽しめます。何回も繰り返し読みたくなる作品です。他のクッツェーの作品も読んでみましたが、私はこの作品が一番好きです。中年以降の男性におすすめします。
アフリカの人種差別が隠しテーマ
たまには海外作家のでも読むかと、ばたばたの合間に、南アフリカのノーベル賞作家、J・M・クッツェーの「恥辱」を読む。 ストーリーは大学をセクハラで追いやられた老教授が、娘の経営する地方の牧場に落魄し、そこで黒人3人組の強盗にあい、娘も輪姦されその子供まで宿してしまうと言う、不運続きののストーリー。 しかし読みすすめていくうちに、この物語がアパルトヘイト後の南アフリカの混沌と価値の再生の物語であることがわかってくる。 そして作者本人の中にあるぬぐいがたい「差別意識」も人間の越えられない「業」としてつきけられる。最初のセクハラのSEXの相手である女子学生が、美しい典型的な白人であることも意味が深い。 最近では出色の本。
社会の皮肉
ネルソン・マンデラ大統領の出現によって南アフリカは希望の国となった、と私は最近まで思っていました。しかしアパルトヘイト廃止後の南アフリカ社会では、高い失業率、貧困などにより、強盗、レイプ、暴力などが日常茶飯事となった危険社会になってしまいました。そして、このような社会が、本書のような傑出した文学作品を生み出す要因となっているならば、それは何という皮肉でしょう。ブッカー賞も受賞している本作品は、シニカルでリリックな小説です。それにしても転落していく男(とりわけ才能がある男の場合)を描く作品は、どれもが面白い。それは人間の本質が、何かを失っていく過程のなかに最も赤裸々に現れということによるものでしょうか。


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¥ 798(税込)
在庫あり。
ジャンル内ランキング:150608位  
カスタマーレビュー数:26

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   舞台はアパルトヘイト撤廃後の南アフリカ。離婚を2度経験している大学教授のデヴィッドは、若いころから奔放な性を楽しんできたが、52歳になった今でもその欲望は衰えを知らない。そんなある日、彼は20歳の女子学生に強烈に引かれ、歳の差も社会的な立場も考えずに彼女を追いまわすようになる。半ば強引に彼女と関係を持ったデヴィッドはセクハラで告発され、軽蔑されて憎まれて、追われるように大学を去る。娘が経営する自作農園に身を寄せて再生の道を模索するが、そこにはさらなる恥辱が待ち受けていた。

   本書でブッカー賞史上初となる2度目の受賞を果たしたJ・M・クッツェー。2003年には、文学的功績を認められてノーベル文学賞受賞の名誉にも輝いている。簡潔で鋭い文章を武器にするクッツェーが描くのは、新旧の思想や力が混在する社会に暮らす人々の心だ。カフカ的な不条理な展開を軸に、若さと老い、欲望と道徳のはざまで揺れる人間を冷徹なまでにまっすぐ見すえながら、読後感は決して冷たくはない。

   本書でも、主人公は性欲という泥沼の中で哀しいくらいこっけいにもがいてみせる。職も名誉も失いながら、それでも性欲に振り回されてしまう情けなさ。新しい価値観と古い価値観がぶつかり合う混乱の中で暮らす不安と無力感。だが、あまりにみじめな主人公に怒りすら感じながらも、読み手は物語から目を離すことができない。なぜなら、彼の弱さは人間(特に男性)そのものの弱さであり、彼が恥辱にまみれるとき、読み手もまた堕ちていく感覚を味わうからである。

   われわれはそうした情けなさから逃れることはできず、彼と同じくもがきながら生きていかねばならない。クッツェーの救いのない小説に不思議な温かみがあるとすれば、人生を不毛だとしながらも、苦闘する人間そのものは否定しない姿勢に共感を覚えるからであろう。(小尾慶一)


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史上初のブッカー賞の二度受賞、ノーベル賞は伊達ではなかった。うまいね。うますぎる。大学教授がセクハラ(?)をきっかけに躓いていく。三人称だが、実質的には大学教授の目で記述されていく。全体に散りばめられた文学作品からの引用。主人公が作ろうとしているオペラの使われ方もうまい。そしてリアリズムの筆致で南アフリカの混沌とした世界がたんたんと描かれていく。暴力、レイプによる支配。それでも読後感は不思議に爽やかだ。 南アフリカの作家ではあるが、イギリス文学の王道のような作品。
さすがノーベル賞だなー
セクハラで職を失ったケープタウンの大学教授が、自分の娘が移住した南アの田舎に行き、そこで、恥辱を味わう話。しかし、恥辱を受容した先に、新たな希望のようなものも見えて、読後感は、さわやかだった。 教授は、西欧の価値観の中では成功者と呼ばれるであろう職業についているが、それに面白みを感じないほどだらしなく伸びきった生活をしている。しかし、セクハラで職を失ってもなお、ある種のプライドがあるし、自分を保てている。そんな彼が自分の娘が田舎で直面している生活を見て、自分のこれまでの価値観が何の力も持たないことを徐々に感じ自分を保てなくなっていく。西欧の価値観や知的階級が通用せず、アパルトヘイト撤廃後で暴力的で混沌とし新たな価値が生まれ出ようとしている南ア。知的都会人の教授が、それらをどのように処理していくのか。グローバリズムでよく言われる多様な価値の受容がいかに難しいかを見せ、西洋中心主義を超えた次世代の価値のあり方の模索を問いかけているように感じた。そして、人間のたくましさも。 今、ふと思った。「恥辱」は、教授が田舎で味わったことではなく、もしかしたら、ケープタウンにいたときの教授自身を称しているのかもしれない。
素晴らしい
本屋で見つけ、何気なく読み始めました。簡潔、重厚な文体、飽きさせないストーリー、とても楽しめます。何回も繰り返し読みたくなる作品です。他のクッツェーの作品も読んでみましたが、私はこの作品が一番好きです。中年以降の男性におすすめします。
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¥ 2,730(税込)
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くちコミ情報
殺してたべるということ
某県の観光ダチョウ園では、ダチョウたちが放牧されていて、餌をあげたり乗ったりして遊ぶことができますが、併設のレストランではなんとダチョウ肉のステーキがメニューにあり、名物になっているんだそうです。臭みがなくて美味いらしいですが、牧場で遊んだ後では、なんとなく気まずい食事になりそうですね。 本書では動物のみが議論の対象になっていますが、そもそも私たちは植物も含めて生き物を殺して食べなくては生きていけない「罪深い」存在です。「殺して食べる」という普段は意識する事のない「事実」を、実の所、私たちはどのように捉えるべきなのでしょうか。 本書におけるクッツェーの講演は、架空の講演とそれに対する家族と聴衆の反応から成っています。メタフィクショナルな構成ですが、その複雑な語りは『敵あるいはフォー』で試みられた実験やプラトンの対話篇を連想させます。トマス・アクィナスや古代ギリシアの祭儀に関する言及があることから、著者の古典に対する意識は、形式的にも思想的にも明らかだと思います。 コステロの議論は、「独善的で論法がなっていない」とまでは思いませんが、同じ主張や比喩が繰り返され前進的に展開されず、聴衆に対して一方的に孤立感を深めていく印象を持ちます。思想自体も基本的にカフカや反発しながらもデカルトの流れを汲んでいるので、「限界のない共感」という概念ひとつ見てもどうしても二項対立的人間中心主義に足を引っ張られ、肝心なところで戯画的な表現に頼らざるをえず、屈折した形になっています。 リフレクションズでは、文学、生命倫理学、宗教学、霊長類学の研究者がそれぞれの立場から自由に発言していますが、個人的に、最後の二つのエッセイに感銘を受けました。
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「哲学者と動物」、「詩人と動物」と題されプリンストン大学でおこなわれたクッツェーの2度の講演は、高名な小説家エリザベス・コステロが、ある大学からなんでも好きなテーマで話をしてくれるようにと招かれ、講演をするというフィクションだった。 p クッツェーの講演と、それに応え、さまざまな学問領域の洞察を加えた序文と4つのリフレクションズで構成されているこの本は多少哲学的でもあった。コステロの意見を通じての私の意見は、結局人間はどの動物よりも弱いと言えるかもしれない。それ故、動物のなかでの人間の優位性と、力を誇示しているのかもしれない。それはきっと、他の動物を殺す事や、それらを哀れむという形で表れているだろうという事だ。読んだ後にも考えさせられるとても奥深い作品だ。


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くちコミ情報
やや難解
クッツェーの第2作目の作品。 原題は『In the hea t of the Count y』だが、『石の女』という題もまずまずのセンスといえる。アフリカの奥深くの農家の、男の味を知らないまま青春を終えた女が主人公となっており、女性が主人公というのはクッツェーの作品でも珍しい。 彼女の哲学的もいえる想像の部分が多く、やや難解で、Disg aceやWaiting fo the Ba a iansなどに比べると、読みものとしては、あまり面白く読める人は多くないかもしれないが、ここでもやはり、暴力や屈辱などというクッツェー文学のキーワードが出てくるので、研究する人には面白いかもしれない。


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   1983年の『Life and Times of Michael K』(邦題『マイケル・K』)、さらに1999年の『Disgrace』(邦題『恥辱』)でブッカー賞の歴史始まって以来初のダブル受賞をした、南アフリカの作家J.M.クッツェーが少年時代を回想した作品。回想記ではあるが、主人公は三人称、それも時制は現在という設定。

   学校では優等生に徹し、家では暴君のように振る舞う少年は、あまりに献身的な母親に依存しながらも反発を感じ、頼りない父を徹底して嫌悪する。性のめざめ、自分は何者か、父方の農場への憧れ、といったさまざまな感情のなかで揺れる少年時代を「内心のひだにまで分け入って繊細かつしたたかに探りあて、あざやかな、突き放したような文体で描ききった」傑作。

   少年は1940年、ケープタウンで、オランダ系入植者アフリカーナーの父とドイツ系の母をもって生まれ、家庭内では英語を使う、という当時の南ア社会では完全にアウトサイダー的な家庭で育つ。
   1948年にアフリカーナーを支持母体とする国民党が政権を握ると、民族を分離するアパルトヘイト政策をとり始め、白人社会も出身によってアフリカーナーと英国系の2つのグループに分けようとした。ケープタウンからアフリカーナーの多い内陸のヴースターへ引っ越した少年は、英語で学ぶクラスに編入されるが、アフリカーンス語で学ぶクラスへ編入されるのではないかという悪夢にさいなまれる。騒々しくて攻撃的な態度でのし歩き、ことあるごとにけんかをふっかけるアフリカーナー少年たち。そのなかへ放り込まれることになったら自殺する、と少年は思いつめる。
   幸い、ふたたびケープタウンの寛容さと雑踏のなかにもどることができたが、次に待ち受けていたのは、弁護士を開業した父親の借財という悪夢だった。

   ここに描かれた少年の50年後の姿が現在の作家クッツェーということになるのだが、その小説世界の原風景を彷彿とさせる、クッツェーファン待望の書でもある。邦題は『少年時代』。(森 望)


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自伝
 『恥辱』がいちばん有名でしょうかね、この作家の中では。  ある意味マジック・レアリズム? 違うか。  少年時代の南アフリカ。自伝であるとともに、少年の視点から綴られた歴史、ということにもなるのか。  しかし、いかんせんストーリーがなさすぎる。ちょっと苦手だ。  後半はめちゃくちゃ面白いのだが、前半がちょっと退屈気味か。
アパルトヘイト時代の少年時代
 南アフリカ共和国出身のクッツェーの自伝。自伝といっても、作者が年代にそって記憶をたどっていくといったタイプのものではなく、小説の様にきちんと構成されている。実際、主人公は作者によって終始「その少年」というふうに名指され、作者と少年のあいだには和解しがたい一定の距離が保たれている。 p  内容的には、植民者であるイギリス系白人たちとも、現地の黒人たちとも異質な作家の家族の姿が中心的に描かれている。少年は「普通でない」自分の家族を半ば嫌悪し、自分がそのような家族に属しているということの居心地の悪さに悩む。彼の繊細な意識の感じとった疎外感は、南アの抱え込んだ人種問題の縮図である。 p  これは、普通我々が作家の自伝に期待するようなノスタルジックな心地よさとは無縁の書物である。アパルトヘイト廃止後の今、クッツェーの自伝を読むことは「歴史」を感じさせてくれる希有な体験に他ならないだろう。


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佳作だが訳が問題
南アフリカの作家でノーベル賞受賞者のクッツェーが、息子の死というつらい体験や作家の宿命を、ドストエフスキーを使って語っている。ドストエフスキーの伝記ではない。まったくのフィクション。ドストエフスキーの小説『悪霊』と、そのネタになったネチャーエフ事件と、伝記などをミックスしてクッツェーが作った話だ。原作は語り手の心が繊細に伝わるなかなかの佳作なのだが、翻訳に間違いが多くてびっくり。話がわからなくなるぐらいの間違いが結構ある。英語に自信のある人は原作で読もう。
文豪のプライベートを垣間見たようだ
息子の死と、息子の生前の人々との出会いに対し、文豪ドストエフスキーはどのように感傷を抱いていたのか。その心象は極めて文学的で観念的であるが、ストーリーを追うには全くもってそれが支障をきたさず、むしろその難解さが、女性に対しての中年男性の滑稽さを際立たせているようである。ただ、ドストエフスキーについての知識がゼロであるわたしには(作品は一度も手に取ったことがない!)一般的な彼のイメージなど知らないものだから、愉しさを感ずるには足りない所があったかもしれない。
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