2010年09月09日(木) 科学の第1位は
『ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉 (岩波現代文庫)』!
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おすすめ度
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| ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉 (岩波現代文庫)
リチャード P. ファインマン
Richard P. Feynman
(原著)
大貫 昌子
(翻訳)
¥ 1,155(税込)
在庫あり。
ジャンル内ランキング:230位
カスタマーレビュー数:58
【Amazon.co.jp】
R.P.ファインマンは1965年にJ.S.シュウィンガー、朝永振一郎とともにノーベル物理学賞を授賞した天才的な物理学者である。こう書くと「理数系が苦手」な人は逃げ出したくなるかもしれないが、そんな人にこそ本書を手にとっていただきたい。 本書は20世紀を代表する天才物理学者の自伝ではない。R.P.ファインマンという人生を楽しむ天才から我々への贈りものである。 「ファインマンと聞いたとたんに思い出してもらいたいのは、ノーベル賞をもらったことでもなければ、理論物理学者であったことでもなく、ボンゴドラムでもマンハッタン計画でもない。僕が好奇心でいっぱいの人間であったということ、それだけだ」といつも言っていた(下巻訳者あとがきより)。 「なぜだろう?」といつも好奇心いっぱいの子どものように世界を見て、いったん好奇心をひかれたらそれに夢中になり納得のいくまで追求する。彼は一切の虚飾と権威を嫌い、相手がそれをかさに着ているとみるや容赦しなかった。それは、そのような態度が、楽しいはずの真実の探求を邪魔する厄介なものだったからである。 上巻では、彼の少年時代、物理学者としての修行時代、また駆け出しの物理学者として携わったマンハッタン計画から終戦を迎えるころまでのエピソードが収録されている。どの時代においても彼はその状況を最大限楽しみ、そして、決して流儀を変えなかった。 自分が理系か文系かなんて関係ない。もし少しでも本書に「好奇心」を持ったなら、ぜひ一読をおすすめする。(別役 匝)
【くちコミ情報】
小学生でも楽しめるノーベル物理学者のユニークなお話
僕は、小学四年生です。本が大好きで、たくさんの本を読んでいます。その中でも、この本は一番面白かったです。ファインマンさんの研究のことなど、むずかしいことは、全く書かれていなく、ファインマンさん、または物理学者の人たちとの出来事について書いてあります。面白くユニークなだけではなく、ためになる本です。ぜひ読んでみてください。
物理の知識がなくても楽しめる!
ファインマンという名前は、だれもが何度か耳にしたことがあると思うが、それは恐らくノーベル賞を受賞した物理学者だからであろう。 そのような人物の自伝ともなれば、堅苦しい内容と思われがちだが、本書は、それとはかけ離れており、人をからかう事が好きなファインマインの人物像が面白おかしく描かれている。 時代背景も影響しているが、やはり、一流の人物が体験することは、普通ではないことが多いようだ。 人生には「ふざける」ことが必要だと 言っているように思える。 下巻の最後でファインマンの人生に対する考え方が少し理解できる。 仕事だけでなく、人間関係に悩んでいる人は、お勧めである。 「あとがき」に「なあに人がどう批評しようがそんなことはどうでもいい、自分で満足できる仕事をすればそれで良いんだよ。」というファインマンの言葉がある。 ほとんどの社会人が他人からの評価(とくに上司の評価)に影響される。 自分の技術を磨かずに、人の顔色をうかがったり、自己をアピールする技術を向上させることに力を入れいている者には耳が痛い言葉である。 この言葉を念頭において、ファインマンの自伝を振り返ると、まさに、ファインマンの人生は、この言葉通りの人生であることがわかる。
生きること、学ぶこと、そして好奇心が人生を豊かにする
【上巻レビュー】 好奇心の塊である天才学者が、人生そして学びに対してどのように向き合ってきたか? 本書には圧倒的なリアリティ感をもって生き生きと描かれており、読む手を休められないまま上下巻一気に読ませてしまう。 筆者の好奇心は何も物理学にとどまることがない。例えば、部屋の中に進入してきたアリに興味を抱き、様々な疑問を検証するために実験を始めてしまったり、金庫破りに熱中してみたりと、”NUT'S”な物理学者と向き合えわせてくれるのが本書である。 「僕はただ、自分で楽しむためにいろいろなことを発明したり、いろいろ作ったりして遊んだだけの話だ。」これが彼の根源にあるものなのかもしれない。 大事なことは、人間が持つ好奇心の芽をつぶさないこと、これに尽きるのではないか。 一方でこんなことも… 「いくら人が僕はこういう成果をあげるべきだと思い込んでいたって、その期待を裏切るまいと努力する責任などこっちにいっさいないのだ。そう期待するのは向こうの勝手であって、僕のせいではない。」 また、耳の痛い言葉も… 「人は皆、物事を『本当に理解する』ことによって学ばず、例えば暗記のようなほかの方法で学んでいるのだろうか?これでは知識など、すぐに吹っとんでしまうこわれ物のようなものではないか。」 本書を読めば「学ぶこと、知ることは人生を豊かにする楽しいものなんだ」ということを教えてくれる。 本書に出会えてよかったと心底思えました。 また、このような臨場感が伝わる翻訳をして頂いた大貫氏にも敬意を表します。 さて、下巻ではそんな彼が来日したエピソードも… 【下巻レビュー】 奇心に満ちた物理学者の人生の冒険は続くが、エピソードは本書を手にとって読んでもらえればと思う。 本書を通じて我々に投げかけるメッセージが訳者あとがき書かれていた。引用で恐縮だが、印象深かったので紹介させていただき、本書のレビューとしたい。 「ファインマンと聞いたとたん思い出してもらいたいのは、ノーベル賞をもらったことでもなければ、理論物理学者であったことでもなく、ボンゴドラムでもマンハッタン計画でもない。僕が好奇心いっぱいの男だったということ、それだけだ。」と先生はいつもいっておられた。 とにかく何かにあっと驚き、なぜだろう?と考える心を失わないこと。そしていいかげんな答えでは満足せず、納得がいくまで追求する。わからなければ、わからないと、正直に認めること。これがファインマン先生の信条でもあり、そっくりそのまま先生の生涯を浮き彫りにしていると思う。(P312) 先生にはもう一つの信条があった。それは「人がどう思おうと、ちっとも構わない」というものであり、先生は生涯この信条を通された。(P313) いずれの信条にせよ、これを守るのは私たい凡人には至難のわざである。でもときどきこの本を読み返しては励まされて、驚く心を失わず、人の目を気にせず、伸び伸びと自分の生き方をしたいものと考える。(P314) 本書に勇気づけられ、少し前向きになれたのは自分だけではないと思う。 自分の人生を見つめなおすとき、本書が小さな励みになるかもしれない。
冗談ではありません
物理学者ファインマンのユーモアを堪能できます。 本業での功績はもちろんですが、その他の芸術や 娯楽に対する見方や取り組み方など様々な面で楽しみ ながら参考にできます。当然の事ですが物理や数学の 術語もある程度登場するので、自分のような教養のない 人間には読み飛ばす箇所もありましたが一生本棚に残る 文庫であることは間違いないと思います。
前向きリチャード・ファインマン
このノーベル賞物理学者は、私が高校の頃英語の教科書に出てきました。それでたまに思い出す存在になっていました。 この人は第二次大戦で米軍にわりと積極的に協力して、マンハッタン計画にも参画しています。そのことについてはべつにそれほどはやましさを感じていないようです。 そのことは日本人としては違和感を感じもするけれど、とにかく本人は前向きで好奇心旺盛です。いたずらをしたがる人物だったようです。MITでドアを外して隠したり、イタリア語の物真似をしたり、催眠術にすすんでかかろうとしたり、アリの行列をわざと作ったり。 なかでも金庫破りの章は驚きでした。 地位や外見にこだわる人ではなかったようです。 バーで酔っぱらいにからまれる辺りでも、喧嘩をすることなんて滅多になくても、殴られた後大学でわざと不良っぽくふるまってみたり。 一番心に残ったのは、スランプの時に抜擢話が持ち上がってこのように思ったというところ。 「自分は自分以外の何者でもない。他の連中が僕をすばらしいと考えて金をくれようとしたって、それは向こうの不運というものだ。」
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リチャード P. ファインマン
Richard P. Feynman
(原著)
大貫 昌子
(翻訳)
¥ 1,155(税込)
在庫あり。
ジャンル内ランキング:404位
カスタマーレビュー数:58
【Amazon.co.jp】
本書の上巻では若く初々しかったファインマンの姿に触れることができるが、下巻では、成長したファインマンが1人の「物理学者として」物理のみならず社会や芸術とかかわってゆくさまに触れることができる。 どんなに権威者になっても(彼はそう呼ばれるのを何よりも嫌ったが)、彼は決して物理学者としての誠実さを変えることはなかった。サバティカルでブラジルの国立研究所に滞在した彼は「教科書を丸暗記するだけ」の物理の大学教育に業を煮やし、ブラジルの「お偉方」の大学教授たちの前で「この国では科学教育が行われていない」と言い放った。またあるときは、学校教科書の選定委員としてすべての教科書に目を通し、教科書の内容が科学的誠実さを欠いているのを真剣に怒り、他の委員たちと闘った。 彼の信条でもある「好奇心」は年齢を重ねてもとどまる所を知らず、カジノではプロの博打うちに弟子入りしたり、ボンゴドラムでバレエの国際コンクールの伴奏をしたり、また、幻覚に強い興味を持った彼は、旺盛な好奇心からアイソレーションタンク(J.C.リリーが発明した感覚遮断装置)にまで入ってしまう。彼は他人のことなど気にとめず、素直な心で物事を見つめ、興味をひかれたらそれに夢中になる。彼は何より人生を楽しみ、人生を愛していた。 そんな彼の書いた本書に触れていると、いろんなことを話したくってうずうずしている彼が、目を輝かせて楽しそうに自分に向かって話しかけてくれているような気分になる。そんな気分にさせるのは、大貫昌子による素晴らしい訳のおかげでもあろう。訳者はファインマンと親交があり、彼に相談しながら翻訳作業を行っているため、原文の持ち味が十分に表れている。(別役 匝)
【くちコミ情報】
小学生でも楽しめるノーベル物理学者のユニークなお話
僕は、小学四年生です。本が大好きで、たくさんの本を読んでいます。その中でも、この本は一番面白かったです。ファインマンさんの研究のことなど、むずかしいことは、全く書かれていなく、ファインマンさん、または物理学者の人たちとの出来事について書いてあります。面白くユニークなだけではなく、ためになる本です。ぜひ読んでみてください。
物理の知識がなくても楽しめる!
ファインマンという名前は、だれもが何度か耳にしたことがあると思うが、それは恐らくノーベル賞を受賞した物理学者だからであろう。 そのような人物の自伝ともなれば、堅苦しい内容と思われがちだが、本書は、それとはかけ離れており、人をからかう事が好きなファインマインの人物像が面白おかしく描かれている。 時代背景も影響しているが、やはり、一流の人物が体験することは、普通ではないことが多いようだ。 人生には「ふざける」ことが必要だと 言っているように思える。 下巻の最後でファインマンの人生に対する考え方が少し理解できる。 仕事だけでなく、人間関係に悩んでいる人は、お勧めである。 「あとがき」に「なあに人がどう批評しようがそんなことはどうでもいい、自分で満足できる仕事をすればそれで良いんだよ。」というファインマンの言葉がある。 ほとんどの社会人が他人からの評価(とくに上司の評価)に影響される。 自分の技術を磨かずに、人の顔色をうかがったり、自己をアピールする技術を向上させることに力を入れいている者には耳が痛い言葉である。 この言葉を念頭において、ファインマンの自伝を振り返ると、まさに、ファインマンの人生は、この言葉通りの人生であることがわかる。
生きること、学ぶこと、そして好奇心が人生を豊かにする
【上巻レビュー】 好奇心の塊である天才学者が、人生そして学びに対してどのように向き合ってきたか? 本書には圧倒的なリアリティ感をもって生き生きと描かれており、読む手を休められないまま上下巻一気に読ませてしまう。 筆者の好奇心は何も物理学にとどまることがない。例えば、部屋の中に進入してきたアリに興味を抱き、様々な疑問を検証するために実験を始めてしまったり、金庫破りに熱中してみたりと、”NUT'S”な物理学者と向き合えわせてくれるのが本書である。 「僕はただ、自分で楽しむためにいろいろなことを発明したり、いろいろ作ったりして遊んだだけの話だ。」これが彼の根源にあるものなのかもしれない。 大事なことは、人間が持つ好奇心の芽をつぶさないこと、これに尽きるのではないか。 一方でこんなことも… 「いくら人が僕はこういう成果をあげるべきだと思い込んでいたって、その期待を裏切るまいと努力する責任などこっちにいっさいないのだ。そう期待するのは向こうの勝手であって、僕のせいではない。」 また、耳の痛い言葉も… 「人は皆、物事を『本当に理解する』ことによって学ばず、例えば暗記のようなほかの方法で学んでいるのだろうか?これでは知識など、すぐに吹っとんでしまうこわれ物のようなものではないか。」 本書を読めば「学ぶこと、知ることは人生を豊かにする楽しいものなんだ」ということを教えてくれる。 本書に出会えてよかったと心底思えました。 また、このような臨場感が伝わる翻訳をして頂いた大貫氏にも敬意を表します。 さて、下巻ではそんな彼が来日したエピソードも… 【下巻レビュー】 奇心に満ちた物理学者の人生の冒険は続くが、エピソードは本書を手にとって読んでもらえればと思う。 本書を通じて我々に投げかけるメッセージが訳者あとがき書かれていた。引用で恐縮だが、印象深かったので紹介させていただき、本書のレビューとしたい。 「ファインマンと聞いたとたん思い出してもらいたいのは、ノーベル賞をもらったことでもなければ、理論物理学者であったことでもなく、ボンゴドラムでもマンハッタン計画でもない。僕が好奇心いっぱいの男だったということ、それだけだ。」と先生はいつもいっておられた。 とにかく何かにあっと驚き、なぜだろう?と考える心を失わないこと。そしていいかげんな答えでは満足せず、納得がいくまで追求する。わからなければ、わからないと、正直に認めること。これがファインマン先生の信条でもあり、そっくりそのまま先生の生涯を浮き彫りにしていると思う。(P312) 先生にはもう一つの信条があった。それは「人がどう思おうと、ちっとも構わない」というものであり、先生は生涯この信条を通された。(P313) いずれの信条にせよ、これを守るのは私たい凡人には至難のわざである。でもときどきこの本を読み返しては励まされて、驚く心を失わず、人の目を気にせず、伸び伸びと自分の生き方をしたいものと考える。(P314) 本書に勇気づけられ、少し前向きになれたのは自分だけではないと思う。 自分の人生を見つめなおすとき、本書が小さな励みになるかもしれない。
冗談ではありません
物理学者ファインマンのユーモアを堪能できます。 本業での功績はもちろんですが、その他の芸術や 娯楽に対する見方や取り組み方など様々な面で楽しみ ながら参考にできます。当然の事ですが物理や数学の 術語もある程度登場するので、自分のような教養のない 人間には読み飛ばす箇所もありましたが一生本棚に残る 文庫であることは間違いないと思います。
前向きリチャード・ファインマン
このノーベル賞物理学者は、私が高校の頃英語の教科書に出てきました。それでたまに思い出す存在になっていました。 この人は第二次大戦で米軍にわりと積極的に協力して、マンハッタン計画にも参画しています。そのことについてはべつにそれほどはやましさを感じていないようです。 そのことは日本人としては違和感を感じもするけれど、とにかく本人は前向きで好奇心旺盛です。いたずらをしたがる人物だったようです。MITでドアを外して隠したり、イタリア語の物真似をしたり、催眠術にすすんでかかろうとしたり、アリの行列をわざと作ったり。 なかでも金庫破りの章は驚きでした。 地位や外見にこだわる人ではなかったようです。 バーで酔っぱらいにからまれる辺りでも、喧嘩をすることなんて滅多になくても、殴られた後大学でわざと不良っぽくふるまってみたり。 一番心に残ったのは、スランプの時に抜擢話が持ち上がってこのように思ったというところ。 「自分は自分以外の何者でもない。他の連中が僕をすばらしいと考えて金をくれようとしたって、それは向こうの不運というものだ。」
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【くちコミ情報】
ドラマ化希望
本を開いてから一気に読み終えてしまいました。 娘さん達やお友達などまわりの人に極力知らせず、また気付かせない闘病生活… どんなに大変だったろうと思いました。 でもそんな時でも通院の時間を“デート”と呼ぶお二人の硬い絆に感動しました。 とても映像的な文章で読みやすかったです。 ぜひドラマ化していただきたい作品でした。
病気と闘う心の強さに感動しました
購入して一気に読み終わりました。 二人の娘さんを悲しませないために 最後まで病気を隠し続けた薫さん御夫妻。 御夫妻がお互いと子ども達の事を どれだけ愛していたのかが行間から伝わってきます。 私も2年前に母親を癌でなくしました。 きっと母親も最後まで家族に心配をかけないようにいたのだろうと 薫さんの姿と二重写しになりました。 病気と闘っている方々の心に染み入る一書だと思います。
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【くちコミ情報】
数学の問題だけでなく
この本は数学だけではなく,何をするにも参考になると思います。 例えば,論文や報告書を作成するときなど。 自分が未知である何かを明らかにしようとし,その条件やデータを満たすためには どのような進め方をすべきか,どのような点に考慮すべきかなどなど。 できれば,学生時代に読みたかった本のひとつで,今,社会人として,考えていることが すべて載っていると考えています。 ただ,本書がそのまま仕事に直結するかというと,そんな都合の良いことはありません。 何事もそうですが,何かにヒントを得て,自分なりの解法を編み出して行くことがこの本の 一番伝えたいことだと思います。 自分の考えを見つけたい人には是非オススメしたい本です。
問題に直面したとき、どうするか
原題“How to Solve It” 数学の問題を解く方法を分類し、発見の過程を紹介した本である。 問題に直面したとき、どのように考えるか。 問題を理解し、計画を立て、実行し、振り返る。 本書ではその過程を詳しく解説している。 特に計画を立てる時などの発見をどのようになすか、詳しい。 本書は数学について語られた本である。 数学の一般性・普遍性から、全ての問題解決に通じたものになっている。 本書の理解を通して、数学を学ぶ意義にも触れられるのではないか。 数学を専門的に学ぶ人や教える人にはもちろん必読書であるが、 問題解決に関わる全ての現代人の読書に耐えうる名著ではないかと思う。 書店でしばしば自然科学系の場所以外に並べられるのも、それ故であろう。
少々難しい
なかなか さらさらとは読めません。じっくり読んでますが何か得られる感じがします。
50年間、思考の軸ブレが無かった
私は現在68歳の老技術者。この本を大学1年生、19歳の時に買い求め、一気に読了しました。以来50年間私の思考の原点で在り続けました。技術者として成功した人生であったかどうかは、疑問ですが。この本のお陰で思考の軸ブレがあまりなかったように思います。多くの若い方にお薦めしたい本です。
「その問題を前にみたことがないか、同じ問題が少し違った形になっ たものをみたことがないか、似た問題をみたことがないか、未知のものをよく見て、 以前に未知のものが同じか、よく似た、みなれた問題を思い出せ!」
子供の塾の算数のテスト問題をみて、あまりの発見法的解法にちょっとあきれ気味に なって、何かヒントはないかと思い、拝読しました。随所に参考となる記載があり、 広く自然科学もしくは実際的問題の思考法にも応用可能な記載が含まれています。「 訳者のことば」では、今までの教育では一般的な知識を与え、それを問題にあてはめ て処方通り解けばよいという「料理本的」なものであったが、本当に学問を深め、そ れを活かすための新しい心の創造のために、どうすればよいかが説いてある、とおっ しゃられています。この書を翻訳されたきっかけと一晩で原著を読んでしまったとい う訳者の意気込みと興奮が伝わって来ます。「その問題を前にみたことがないか、同じ問題が少し違った形になっ たものをみたことがないか、似た問題をみたことがないか、未知のものをよく見て、 以前に未知のものが同じか、よく似た、みなれた問題を思い出せ!」ということが繰 り返し述べられます。前半は少し退屈になるかもしれませんが、p139の「未来の数学者」あたりからが佳 境と思いました。確かに、数学教育においてはこの側面があまり強調されないよ うに思います。一応の内容を理解した者には、「思い出せ!思い出せ!思い出せ!」 とまず語りかけるべきではないでしょうか?和田秀樹氏の「暗記数学」の真の意味す るところはこのことではないでしょうか?難しいのは、「思い出す」問題解答経験が、 教わる側の各々で相違があり、一律に思い出せと言っても、各々が想定する経験に多 様性がある。そこでどうしても前述の「料理本的」な教育に実際上なってしまうので はないかと思いました。さて、では発見法的なひらめきや思いつきは、もっぱら「思 い出す」ことによるのでしょうか?筆者は、いい思いつき=目先がきく、つまり、物 事を観察し、すぐさま本質を理解することが前提としてあり、それによってひらめき とともに以前から知っている知識を整理できると述べています。本質の理解がひらめ きを導くということです。また、問題を解くというステップを解析と総合に分けて考 えられており、解析は解法の計画を立てること、総合はそれを実行していくことを指 します。解析には結論から後ろ向きに考えていくことも述べられており、受験数学に おけるテクニックとの共通性を考えると興味深いものがあります。個別的な記載とし ては、幾何学的な事実を知らなくても大きな損失はないが、幾何学的な証明を学ばな ければ、真実の最も簡単で、よい実例を知らないままになり、その損失は大きいと頷 ける記載があります。また、幾何学の問題における三角形はできるだけ一般的な三角 形(45°、60°、75°)を書くのがよいという実践的なアドバイスもあり、幾何学の 問題でなくても図に表現することが細かい条件をいっぺんに把握するにはよいと勧め ています。すべての自然科学のstudentに参考になる言葉が随所にちりばめられてい る一冊です。
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【くちコミ情報】
ネガティブになったら読んで。
自分の未来に絶望したり、過去に縛られたりでもう動けなく無くなったときに。 自分が置かれた状況により組み立てられた言語を振りかざして自分を追い詰めているんだって事を感じられる本。自分の感覚を大切にすることを再認識させてくれる。 著者が感じた全てのものとの一体感・波動の一致は、左脳特定領域の機能停止によるものか、脳組織負荷によるフードバック機構(再構築のための脳内ケモカインo 過剰伝達抑制のための情報伝達物質?)によるものかは断定するのは難しいとは思うが。
脳の神経細胞を育みたいすべての人へ
脳卒中から回復した脳神経学者の闘病記録で、大きく3部に分かれる。 1 脳卒中の日 左半球に出血がおこって、麻痺し、順序だった思考ができなくなる中で、自分に何が起こったかを把握し、 電話で助けを呼ぶまでの2時間とその後の1日が克明に書かれている。 ひどい頭痛のなかで、正常な認識能力が薄れていくことを意識ながら、それでも幸福な恍惚状態に宙吊りになっていた。 2 回復の過程 回復を軌道に乗せるために、何が大事かについて説明している。 回復できると信じること。 回復にはエネルギーが必要。貴重なエネルギーの浪費を防いで正しく使い、充分な睡眠をとる。 課題を小さなステップにわけ、少しずつの進歩を実感しつつ、それに感謝する。 マイナス思考を意識的に避け、プラス思考に徹する。 3 脳卒中から得られたこと 左脳が麻痺することで体験した「宇宙との一体感」を、左脳が回復した後も保つにはどうしたらよいか。 脳細胞は存在するだけでエネルギーを喰うものだから、新しい回路を作ろうとしたら、どれだけエネルギーを必要とするかは想像できる。エネルギーを節約したい本能(楽をしたい)に逆らい、遅々として現れてこない成果に絶望しないで、目標に向かって、たゆまず努力を続けるばかりか、貴重なエネルギーのすべてを神経細胞の成長に充てるために、細胞の成長を妨げそうな思考回路や感情を意識的にシャットアウトする技を身につけていく。つまり、自分で自分をカウンセリングする技まで磨いているわけだ。言われてみれば、当たり前のことばかりだけれど、それができないからこそ、多くの人は奇跡を起こせないのだろう。楽になんとかすることばかりを考え、うまくいかなかった時は、他人や社会のせいにして不満だらけ。その前に努力すれば成長できるという希望すら持てない人のほうが多いような気がする。 著者が強調する右脳マインドについては、いまひとつ腑に落ちなかった。著者は長い修行の果てに、宇宙との一体感を獲得する修行僧の脳の状態を、脳卒中によって、一瞬にして体験してしまったわけだか、その強烈な体験を左脳がつむぐ言葉によって、未経験者に伝えるのは多少無理があるようだ。 著者は「私はバカじゃないの、傷ついているだけ」と何度も文中で強調しているけれど、バカと傷ついているの違いはなんだろう。多くの知的障害者は出産時の事故などによって、脳を傷つけてしまっている。彼らだって傷ついているのだ。
脳卒中にかかってみてわかったこと
脳神経外科医が脳卒中にかかり、左脳の言語と計算機能を失う。 それを失ったことによって本来左脳に支配されていた右脳の機能が活性化して仏教で言うところの涅槃の境地に簡単に入れるようになる。 時間の概念のない「いま、ここにある」境地、肉体の境界の概念もなく宇宙と一体ですべてのものが繋がっていると感じる境地。 そして、脳の「可塑性」という機能により再び言語機能等を取り戻して再び専門家として社会復帰できるまでの8年間の記録。 でもそれは前の人格とは同じではない。 右脳と左脳の違いを明確に知りそれを制御して生きることが出来る新しい人格を手にしていた。 人生で出会う出来事に悲観的に反応しがちな機能は左脳の一部のピ−ナッツ大の部分でしかない。 そしてその機能を心によって止めることが出来ることを知っている自分。 「注意さえすれば、慈愛に満ちた世界をつくることが可能なのです。」 「脳卒中により、私は内なる自分を発見しました。 ほんの少し考え方や感じ方を変えるだけで深い心の安らぎが得られることに気付いたのです。」 (本文より引用) 長く霊性修行した宗教家がたどり着く涅槃の境地が、実は右脳が本来持っている機能で、そのことに気付きさえすればそこにたどり着ける可能性があることに気付かせてくれます。
再生の8年間の取り組みが一番興味を抱くところなのでは?
・前半の、脳卒中を発症したときの体験(電話で助けを求めたいが言葉が出ない等)が 非常にリアルに描かれている箇所が圧巻だと思った。いくつか当事者による書物を 読んだが、このような書かれ方をした本は他にはなく、突然発症し混乱に陥るという のはこういう体験なのだと思った。 ・翻訳がイマイチだと思う。 上記の前半の体験の部分も、後半の右脳活性法の部分にしても、おそらく原作の記述が とても感覚的な文章で翻訳に苦労する記述なのだろうと推測するが・・無理をして翻訳 者の意訳的な文章に置き換えなくてもよいと思うが・・ ・本当は、8年間の長期にわたるリハビリでどのような独自の取り組みを行ったのか、そして それが少しずつどんな変化を生じることに繋がったのか、という内容を期待して読む人 がいるのでは?と思うが、そのことについてはそれほど書かれていないのが残念。 ・言い方は悪いが、後半の、「脳卒中になってひらめいたこと」の辺りは、変に後遺症者の 多幸的な、病識の薄い、脳卒中って怖くないし、いろいろひらめいちゃったから良い経験 だった、というような書かれ方が気になり、病気っぽいと思ってしまったのですが・・
寝たきりだけど意識のある親類を想う
この本に出会えて、読んで、本当に嬉しかった。 13年前に脳内出血を起こし倒れ、それから意識はあるものの会話はできず動くこともできない親戚と暮らしながら、 どんなことを考えているのかなぁと幼いころは日々思っていた。 倒れた当初はひっきりなしに涙を流していた彼女は、今では私が久しぶりに帰省すると顔をほころばせて喜ぶ。 私のどうでもいい日常の話に、ちょっとでも応えようとしてくれる。 著者と彼女には、実はそう共通点はない。出血場所も、出血レベルも異なる。 それでも見ている世界や感じる空気が著者のようであれば、あったのであれば。 少しだけでも知ることができて嬉しい。 そして彼女が今は笑っていることが、本当に嬉しい。 幸せな平凡な毎日で突然、親類が倒れたときには誰だってパニックになるが、 しばらくしてからなら、この本を読んで希望を見出せる人が多いといいと思う。
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川口 有美子
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寝たきり状態でも、そこには何かある
寝たきりの状態にも、何かある。 自分自身が寝たきりになった時、その何かで生きることも想像することがある。 ただ、この著者の話を何度か聞いたが、そこに到る選択肢、一つ以外の選択肢は排除されることに、どうしても納得できないかった。 この本を読んでみても同じ。それを想像しなさいということなのか。
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自分が、ALSと言う病は知っていたものの「体が動かなくなると言うことを具体的に考えたが無かった」と言う事実を教えてくれた本です。 生きる、死ぬ、介護、家族、幸せと色々と考えさせられました。
生きてる意味も委ねる生き方
川口有美子さんの「逝かない身体」を、あっという間に読み終えた。 大宅賞を受賞する前から話題になっていたが、やはり、とてもたくさんのことを考えさせる本だった。これは多くの人に勧めたい。 本書は、ALSの母親を12年間看た記録。 しかし、単なる介護の記録ではない。ALS患者の介護を通して、生の在り方、死の在り方について自問し、著者自身が掴んだ答えが示されている。 ALS(筋委縮性側策硬化症)は、全身の筋肉が衰えていく難病だ。 そのような病について、健康に生きている人間は、「絶望」のイメージを思い浮かべてしまう。たいていの人は、自分がALSになったらなどと考えたくはないし、介護する立場になることも、できれば想像したくないだろう。 しかし、本書を読んで、こうしたイメージは変わった。 「実際のところとてもたくさんの人たちが死の床でさえ笑いながら、家族や友人のために生きると誓い、できるだけ長く、ぎりぎりまで生きて死んでいったのである。だから、あえて彼らのために繰り返して言うが、進行したALS患者が惨めな存在で、意思疎通ができなければ生きる価値がないというのは大変な誤解である」 著者はこんなふうに書いている。 ALSという難病で、全身が動かせなくなり、言葉を発することも、眼球さえも動かせない状態になっても、「今、ここに、その人(患者)が生きている」ということに意味があるということだ。 これは、患者自身が自分の「生」に意味を見出すかどうかだけではなく、周囲の人、家族や介護者が、患者の「生」に意味を見いだせるかどうかが鍵となってくる。 「ALSの人の話は短く、ときには投げやりのようであるけれども、実は意味の生成まで相手に委ねることで最上級の理解を要求しているのだ」と著者はいう。 当人は「何もできない」存在か。 当人は「すべてを他人に委ねる」存在か。 同じ状態であっても、この2つの捉え方は大きく異なる。 同じ状態でも、その存在の価値は異なる。 捉え方によって介護に対する姿勢は変わるだろうし、介護に携わる生活の意味付けや、 介護者の人生観も変わると思う。 「生きているとは、どういうこと?」。 介護者は、ALS患者から、その「生」の解釈を委ねられる。 「生きる」ことについて、より深く向き合い、考えさせられる人たちだろう。
絶望の中に見出す希望
人間誰しも大なり小なり悩みがあるだろう。だが、もし自分の悩みとこの本の著者が置かれた状況のどちらか1つを選べと言われたら、後者を選ぶ人は一体何人いるだろうか。 最愛の母を襲ったALSは情け容赦なく進行し、わずか2年で瞼の開閉もままならぬ全身麻痺の状態へ。 在宅介護の過酷さは想像に余りある。疲れ果て、悲しみに打ちひしがれても立ち止まっている暇はない。 本書は十数年に及ぶこうした介護の体験記だが、そこに綴られているのは息詰まるような苦難の日々の単調な羅列ではない。 これは、病が次々と繰り出す障害に創意工夫で応戦し、絶望的な状況の中に喜びと希望を見出してゆく筆者の心の軌跡を記した本だ。 どうすれば重病の親を自宅でケアし、看取ることができるか。ここにはそのヒントが沢山つまっている。 重いテーマを扱いながら、その筆致は軽妙で、ときにユーモアさえ感じさせる。悲壮感がない。最愛の母を最期まで全力で介護したという誇りと充足感が生み出した余裕であろう。 一点の悔いも残さず親を看取った者の揺ぎない自信に裏打ちされ、本書の読後感はさわやかだ。 筆者はまた様々な社会問題も浮き彫りにしてみせる。介護制度の不備、難病患者に対する世間の無理解と研究の遅れ、そして、充分な議論を尽くさず安易に「安楽死」を法制化することの危険性。 繊細な花のように大切にされていた母は、幸福感に満たされてそっと家族を見守っていてくれた---- こうした筆者の実感が、「慈悲死」という甘美な響きの誘惑に警鐘を打ち鳴らす。 介護や医療に携わる人々だけでなく、命あるすべての人に多くの示唆を与え、静かな感動の余韻を残す 出色のノンフィクションだ。
体験を伝えるしずかな迫力
ほかの方も書いていらっしゃるように、“闘病記”と呼んでしまうことには躊躇を覚えます。単なる“介護記録”でもありません。著者は、ALSという難病を生きる母を見つめ、その母を介護する自分を見つめつつ、家族介護の閉じた関係性にこもってはいませんでした。またこの本は、「ALSという特殊な病気のお話」でもありません。人間なら誰でも病気にかかるという点で、誰にでも通じるテーマだと思います。 学問で言うなら、社会学、倫理学、看護学、政治学……いろんな分野へのヒントが詰まっていました。この物語が、いわゆる論文ではなく、文学として提示されたのは、必然であったと考えます。病いをめぐる人間の営みをくまなく記述し伝えたいと思えば、ものさし一つではとうてい足りないからです。 たとえば、母上の病気が進行し眼球の動きもとまってまったくコミュニケーションがとれない状態になったときに著者はこう書いています。 「想像には限界があった。だから母のために私に何かができるのだとしたら、それはありのままの母を認めて危害を及ぼすようなことは一切しないことだ。」(p.199) 人工呼吸器を止めれば母は楽になれるのではないか、という考えを反芻した末に、著者がたどりついた結論でした。「家族の代理意思決定」だの「慈悲殺の是非」だのといった聞き覚えのある言葉では語り得ないことだと感じました。 言語的なコミュニケーションがとれなくなってからも、母上がその身体でさまざまなことを伝えてきた様子もつぶさに書かれていました。身体からなにを読み取りどう応えるかは、ひとえにケアにあたる側の感受性にかかっています。押さえた筆致からは、著者が意図するのは読み手を感動させることではなくて、人間の生がはらむ可能性を見逃さないでほしい、大切にしてほしい、という気持ちなのだとわかるのですが、やはり体験から紡ぎ出された言葉には、人の心を動かすしずかな迫力があります。 これからわたしは折々にこの本を読み返すことになると思います。そして、読むたびに新しい発見をしていくことになるだろうと思います。
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発達障害の二次障害を「統合失調症」と誤診される→効く筈のない抗精神病薬を処方されて、当然のごとくに効かない→「治りづらい統合失調症」だと判断される→薬の副作用が出るが、それを「統合失調症の悪化」だと判断される→また抗精神病薬が上乗せされる……。 「負の連鎖」という言葉ではまだ足りず、「悪夢の無限回廊」とでも言うべきでしょうか。しかし、こんなことが現実に起こっています。たとえ当事者でなかったとしても、慄然とせざるを得ないのではないでしょうか。 この状況を断ち切るには? やはり、医療者はもちろん、患者・家族を含めて「発達障害」のことをもっと知ることからすべてが始まります。本書のサブタイトルに「発達障害への気づきが診断と治療を変える」とあるように――。 本書では、「大人の発達障害」とそれにまつわる誤診・誤処方の問題を真摯に取り上げています。専門家のみを対象とした医学書ではありません。患者・家族と医師・コメディカル協同の治療体験記集であり、発達障害の基本解説書および啓蒙書であり、精神科医療に対する告発の書でもあるというように、多層構造を成して多方面の読者に訴えかけています。しかし、奥行きは深い……。 特に、一字一字刻み込まれているかのように感じられる患者・家族の体験記、時に懺悔も交えて自身の治療を振り返る医療者たちの体験記からは、現場から発せられた“熱”のようなものが感じられます。この熱量が増幅されていけば、いつか精神科医療の変革につながるのではないか、多くの発達障害者が救われるのではないか、そんな希望を抱かせる稀有の1冊だと思いました。
深い書物です
患者及び家族の方に>> ここには7人の優秀な精神科ドクターの知恵と工夫が 結集されています。 細かな違いに混乱される方もおられましょうが、 大きな一致点として 「多剤大量処方による薬害は、患者および家族の学びによって回避が可能」 「誤診を避ける鍵は、生育歴の確認にある」 「主治医が名医でも丸投げはいけない。心理士、看護士、ワーカーなどの多元活用が有効」 ということを汲み取り、 活用されていくことを願ってやみません 医療機関の方に>> すでに2冊目になりますが、医師による客観的な症例報告と 患者及び家族による主観的な医療評価が前面に押し出されたこの書物の表現法と どちらが、実りある評価でしょうか? 私は、精神医学の評価方法が、より良い方向に向かう契機として この書物を推薦致したく
発達障害と誤診が引き起こす惨劇
精神医学と言うのは医者が100人いたら100種類の診断が出る,と言うような医学である。 いわゆる発達障害(重い自閉症、アスペルガー症候群‾上記二つは自閉症スペクトラムである。 注意欠陥多動性障害、学習障害など)は、これまでも、今も、統合失調症などと、誤診され続けてきた。 これは、知識のない「(自称)精神科医のせいである」と著者はいう。その通りであると、私も全面的に賛成する。 (自称)精神科医は、発達障害者がいじめられたことのよって、二次障害として発症した「うつ」に対し、 大量の抑鬱剤を投与し、薬剤による,三次障害を招くといった、悪循環を繰り返している。 本書は,そういった事例を豊富に提供し,セカンドオピニオンの大切さを訴える。 ま「もう一人お医者さんに聞いてみたいのですが」と言えないひとは,診療するときにこの本 を持って行き,先生の机の上にさりげなくおいてみるという手もある。逆効果でしょうか。 と,そんな気遣いをしなくても良いほど,セカンドオピニオンが当たり前になればいいと思う。 私は,この著作の上巻のレビュウーで,「心療内科」を名乗る医師は危ないと書いたが、 著者は心療内科医である。心療内科は,精神科に行くのは少し抵抗があると言う人には、 敷居が低くなり、良い診療科目だが、それを逆利用して,勉強も何もしていない医者がこれを掲げ、 リタリンなんかをお手軽に処方することが問題であることを述べたかったのである。 著者の仕事に対する卑下の気持ちは全く持っていない。 精神医療のいい加減さも私は問題だと考える。DSMー4(アメリカ精神医学会)ISD-10(WHO)の 判断基準の扱い方も検討されていない。同じ判断基準を使っていて違う診断が出るのは何が問題なのか。 発達障害の診断には、今の状態ばかりではなく,生育歴が大切なことさえ知らない精神科医も多いのではないか。 精神科医,は精神分析という手法をどう見ているか、その態度を明確にするべきだとも思う。 でなければ,自由に、なんでも言いたいのであれば、治療に臨む精神科医であることを止め、 精神分析家のできる文筆家としてでも暮らしを立てればよいのである。
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子供と一緒に読んでほしい一冊
はじめて腰塚さんのムービーを見たときは本当に感動してウルウルしてしましました。その後、何度見たかわかりません。 命とは何か?命の大切さを教えてもらいました。 この本は、8才と5才の息子によく読んであげています。 はじめは無関心だった子供達も、読み進めていくうちにとっても興味を持ち始め、途中から質問責めにあいました。 大人にもおすすめですが、子供と一緒に「命の大切さ」を学ぶのに最適な本だと思います。 1人でも多くの子供に読んであげて欲しいです。
直にお会いしたからこそ
私は元警察官です。昨年の夏に、腰塚さんと直にお会いしてそのオーラに圧倒されたのを覚えています。 がっしりとした体躯に宿るアツイ魂が、その生き方を通じて表現されていると強く感じました。 人が生きて行く中で、いろいろな困難にぶつかります。 それは、他人と比較するものではありません。しかし、自分の意識はあれど体が動かないところから、意思の力を最大限に活用して自らの人生を再創造した腰塚さんには、とても勇気づけられます。 不安や恐怖、自信がなくなった時などに何度も開くのに最適だと感じています。
子供向け
本人による学校講演活動でもわかるようにコレは、小学生から大学生の学生を対象に書かれた本だと思います。私にはとてーーーも退屈な本でした。母親が持ってきたので読んでみましたが、書いていることはまさに「先生」のマニュアルにでも書かれていそうな話ばかりでした。写真を多く載せたのは、素晴らしい。わかりやすいです。文章の書き方も、素人です。ですから、私としてはたぶん本人の講演を聴いたほうがいいと思います。 暗い話や、衝撃を受けた日々の出来事も知りたかった。奥さんや親の生の声を本に載せたらもっと幅がきく素晴らしい本になったでしょう。
詩集
詩集のようなもので、大きな字で5行ぐらい書かれたページが本の大半を占め、 後半にその詩の解説文みたいなのが少しある感じです。 普通の本を想定していたので、拍子抜けした。 本屋で立ち読みしていたら、買わなかったかもしれない。
大切な我が家の家宝です!
腰塚さんの講演は家族で聴きに出向いたことがあり小学一年生含む家族一同たいへん感激しました。本も小学生が充分読める内容で文字も大きく写真も盛りだくさんで読みやすいです。 命の大切さはもちろんですが日々当たり前のようにある日常がいかに幸せで豊かであるかに気づかせてくれる素晴らしい本です。 本はもちろんのこと、全国で開催されていますのでぜひ機会があれば腰塚さんの講演会も聴きに行かれることをお薦めします。
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乳ガンをわらいとばす
日本一笑える闘病記? 他人の闘病記なんてあんまり興味ありませんでしたが、従来の闘病記らしからぬタイトルとイラストに惹かれて手に取り、購入。 人生いろいろ、病気もいろいろ、感じ方もいろいろ。 全編通して見え隠れする生きたいという気持ち。 わたしは、今まで生きてきて、切羽詰るほど「生きたい」と思ったことあったかな。 死に直面して恐怖を感じたこと、あったかな。 死を想像してみたけど、痛いのは嫌とか幼稚なことしか思い浮かびません。 もちろん笑えるけど、それだけじゃない。 生をなまなましく感じさせてくれる言葉の集まりだと思います。 笑える闘病記ってどうなのと不謹慎さを覚える人もいるかもしれませんが、そういった方にも読んで欲しいです。 こういう感じ方の闘病も、絶対アリです。
とても良かったです。
イラストが気になって、手に取った一冊でした。 飾らない、女性の気持ちがリアルに書かれており、 それがイラストとマッチしていて、とても読み応えがありました。 いわゆる感動もの闘病記ではないところが感動を誘う一冊です。 女性だけでなく、男性もぜひ読んでみてはいかがでしょうか。
男性読者です。
自分は普段あんま本を読まない男です。 男なので乳ガンの事とかもあまりわかりませんでした。 でも、この本のイラストと文章は普段読書をしない自分にもわかりやすく、闘病記なのに笑えたりして良かったです♪ もし、将来自分の彼女や奥さんが乳ガンになった時に、上手にフォローとかしてあげられると思います。 男性でも乳ガンと言う病気をよく理解するのに非常に良い1冊だと思います☆
飾らない言葉は心に響く
笑いの中にちりばめられた著者の本音にだんだんと引き込まれて、 読みながら「ガンバレ!」と応援していました。 私たちの想像もできないほどの経験したことがある人だからこそ 語れることがあり、それを素晴らしい文章で軽快にまとめるという、 とても人間力のある方だと思いました。 日々の出来事に不平不満ばかりの自分がなんて小さいんだろうと 反省するとともに、彼女のように生き生きとしてしなやかな女性に なりたいと思います。
笑えるけど、それだけじゃないです!
文字通り「リアル」な病気との闘いが存分に盛り込まれています。 これまで目にしてきた闘病記ではわかり得なかった現実がひしひしと伝わってきました。 闘いの相手は病気そのものだけでなく、思いがけないところにたくさんあると いうこともよくわかりました。 こんなに本音をぶちまけた、笑って読める闘病記もなかなか無いと思います。 だけど、ご本人の持ち合わせていたであろうたくましさと病気で知ることになったであろう繊細さの ギャップにほろりときました。 実際にこの病と向き合っている人はもちろんのこと、 病気なんて自分と関係ないと思ってる人、身近に向き合っている人がいる人、 様々な人がリアルな実情を知るべく、読んでもらいたい一冊です。
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孤高の天才の像を浮かび上がらせる見事な手法
純粋であるがゆえに数学界を去った孤高の天才の物語。生存している本人にインタビューすらしていないというのはジャーナリスムの正統的な手法ではない。しかし、緻密な周辺取材でグリーシャ・ペレルマンの人物像を浮かび上がらせていく手法は見事であり、脱帽する。 私はロシア人の友人がおり、これまでもロシアにおいてはっきりとしたユダヤ差別が存在することはうすうす気づいていたが、この本によって(少なくとも旧ソ連における)その実像がわかった気ような気がした。ガッセン自身、ペレルマン同様、ユダヤ人であり、数学専門学校で学んだ一人であるがゆえに、彼女のペイルマン理解は深いのだろう。 あとがきなどによると、米国版はソ連における数学教育を割愛しているという。通常、翻訳のほうがオリジナルより劣ることが多いのだが、彼女のオリジナル訳である日本版を読めて幸いだった。青木さんの訳はいつもながら素晴らしい。
数学の知識が無くても大丈夫
非常に面白かったです。 ペレルマンがポアンカレ予想を発表してからの狂騒曲に重点が置かれた本が多い中、この本は彼の生い立ちや彼の育った時代背景を丁寧に記しており、好感持てました。 70年代のソビエトでユダヤ人が育つとはどういうことなのか、国際数学オリンピックに出るとはどういうことなのか、ペレルマンが5年早く生まれても、もしくは5年遅く生まれても、決して成功はしなかっただろう、というのは時代背景からして納得いく物であり、大変面白く読めました。 ペレルマンの発表後に、中国人数学者が最終的な証明をしたのは自分達であると発表したくだりに関しては、私は完全に誤解してたので面白かったです。人の業績をかすめとって、あたかも自分が完全に証明したかのように騙ったおろかな行為は、いかに難問を解く事に狂わされ破滅した人が多い事かをも物語っています。日本人がこんな事しなくて本当に良かったっと個人的に思います。 もう一つ特に興味を持ったのは、208pの数学者のレベルに関する記述です。「最上位の知的エリートは、新しい地平を切り開き、かつて誰も問うた事の無い問いを発する人たちだ。それより一段低いランクは、そのような問いに答える方法を考えつく数学者たちである。そして三つめのランクに属するのは、きわめて稀なタイプの数学者たちだ。彼らは証明への最後の一歩を踏むのである。」私は、てっきり定理を発見した人が一番偉いと思ってました。 最後に訳者の青木薫さんの努力尽力に感謝です。非常に読ませる文章で翻訳本である事を忘れさせてくれます。ぎこちなさもなく、非常に流れの良い本でした。
生々しいペレルマンの人生
謎の多いペレルマン。研究者は、社会性があるタイプと周りを遮断するタイプがあると聞いたことがあります。この本に書かれているように、普通の数学好きの少年がどんどんその才能を表していくのに合わせて、親や先生が彼の力を存分に発揮する環境を整え、そして周りとの関係を断ち自身の研究に打ち込んでいく人生が書かれています。当時のロシア、そして壁の崩壊を経て彼の人生の、運命が進んでいく様子が面白かったです。
ちょっと期待はずれ
本書は数学の難問と言われたポアンカレ予想を証明したペレルマンの物語です。 といっても証明を達成したペレルマンは現在外部との接触を断っているため 本書は彼に関する人の情報とソ連の数学教育をもとに物語を構成しています。 サイモン・シンのフェルマーの最終定理などの本に比べると証明を達成するにあたっての感動の物語が ありません。個人的にはフェルマーの最終定理のような内容を期待していたので 非常に残念です。また、ポアンカレ予想の数学的な解説およびその関連の数学の解説も非常に薄いです。。。 本人にたいする情報がないのでこのような本の内容になるのはしょうがないといえばしょうがないのですが。。。 ということでちょっと厳しいでsが星3つにしました。
ペレルマンその人の伝記です。
・「ポアンカレ予想」証明までの数学者の苦悩 ・「ポアンカレ予想」証明に至るまでのステップ これらのものを求めるなら、他の書籍を読んだ方がいいです。この本に描かれているのは、別のテーマです。 ・ソ連という体制の中でユダヤ人数学者がどういう生き方を強いられたのか ・ペレルマンの性質、彼をサポートした人たちの言動 ・なぜ、賞金受け取りを拒否するに至ったのか ペレルマンを知る人に丹念にインタビューし、彼の生き様を緻密に描き出している本です。 緻密な分、冗長さを感じることもありますが、ソ連という隠蔽社会の中身を多くの証左で描いている点で評価したいと思います。
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