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[ 大宅壮一ノンフィクション賞 ]
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大宅壮一ノンフィクション賞
の売れ筋最新ランキング [2010年03月20日]
2010年03月20日(土)
大宅壮一ノンフィクション賞
の第1位
は 『
深夜特急〈1〉香港・マカオ (新潮文庫)
』!
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深夜特急〈1〉香港・マカオ (新潮文庫)
沢木 耕太郎
¥ 420(税込)
在庫あり。
ジャンル内ランキング:2502位
カスタマーレビュー数:77
【
くちコミ情報
】
出発直後が面白い
すでに旅行時期から長い年月が経ち、作品の発表からも相当期間が経過しているのに、今読み返しても読める。不朽の名作たるゆえんだろう。 個人的には最初の1冊目が一番面白いと思っている。旅行に出た直後の見たもの、聞いたものに対するドキドキ、ワクワクといった素直な高揚感がとてもよく伝わってくる。多分、どんなに旅慣れている人であっても、旅に出た直後はみんなこうなんだろうな、と納得し、そして自分も旅に出たくなる。何回読んでも旅心が湧いてくる不思議な作品である。
無性に旅に出たくなる
知り合いに薦められて読みましたが最高でした。 自分も今年26歳になるので、「旅」というほどではないにしてもどこか海外へ旅行しようかと思っています。 ただし、行き先にこの「深夜特急」の幻影を求めて行ったのではがっかりすると思うので その辺は気をつけなければいけないですね。 他に似た様な作品があったら教えて欲しいです。
いいね
面白いよ。暇つぶしにもってこい。 作者はかなりうそを書いているらしいが そんなのも知らない旅行者は鵜呑みにしていくんだけど でもそれ鵜呑みにしていってああ嘘だったみたいな感じで 楽しんでみたらいいと思う。しかもフィクションだから嘘に決まっている。 でもマカオでカジノやったとか、旅人に共通して言えることもある。 インドも楽しいし、ネパールも楽しいし、 てか、こういう話が過去になかったようだから、今でも売れている。小説である。
旅さすきまんまん
25歳で仕事を辞めこれから何をしようかと考えたときに読みました これからの途方もない人生の道しるべになった気がします。 やっぱ旅にでなきゃなって思う本。
旅先にて
沢木耕太郎の作品の中で、深夜特急シリーズが初めて読んだ作品であった。漠然と海外に憧れを抱いていた中学生のころに、テレビドラマとなったこの作品を、一部だけであったが、観た時に、ぜひ読んでみたいと思ったのだ。 以来、旅先で、開け放った窓脇に座り、その土地土地の空気を感じながら読むようになった。 旅行をしながら、物思いにふけることが好きな人に、おすすめ。
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沢木 耕太郎
¥ 420(税込)
在庫あり。
ジャンル内ランキング:8295位
カスタマーレビュー数:16
【
くちコミ情報
】
混沌を混沌のままに、驚きを驚きのままに
インドに行くと人生観が変わるとよく聞く。それを揶揄する人もいるけど、実際そうなんだろうと思う。インドの人や街の持つ強烈な臭い、苛烈な格差、猥雑なエネルギー、聖なる信仰――これまで日本や欧米文化によって馴らされた常識が一気に吹き飛ばされるほどのインパクトが、インドという超大国にはあるんだと思う。だからこの第3巻は、香港・マカオ編である第1巻ばりに面白い。 物乞い、野良牛、リキシャ、ドブネズミ、カースト。ガンジス、沐浴、死体焼場――目をそらさず、全てを見てやろうとばかりに、沢木は興奮気味にカルカッタやベナレスでの日々を綴っている。混沌を混沌のままに、驚きを驚きのままに、無理に理由を求めず、解釈しようともせず。だから読者にもインドのカオスがダイレクトに伝わり、沢木と共に高揚し、開放されていく。 カトマンズでの沈没では一転して、恐ろしいほどの虚無が襲いかかる。ヒッピーたちへの視線も冷徹だ。長期旅行とは高揚と倦怠の繰り返しなんだなと思わされる。 巻末にはブッダガヤで出会った此経氏との10年後対談が載っていて、絶え間無く移動し続けた沢木と、インドに居続けた此経氏との対比を軸に展開していく。特に、疲労困憊してくると、親切を食らって旅しているのに、親切がわずらわしくなるという沢木の発言が興味深くて、巻末の対談の中では一番面白かった。
ページをめくれば誰でも旅人
インド旅行に行くのでインド関連の本を読み漁ろうと思い、有名どころのこの本も外せないだろうとインド編の部分のみ買いました。 ところがどっこい、さっき3を読み終わって続きが読みたくてたまらなくなり、閉店間際の駅前の本屋に走ってしまいました。凄いです。グイグイ引き込まれます。これでみんなバックパッカーになるんですね。納得です。 壮絶な旅から帰った勢いで書いた本ならここまで人を惹きつけなかったでしょう。成長して、26歳のあの旅を噛み砕くほどの年月を経て書いてあるので、読者も置いてきぼりを食らいません。本を開くともう旅に出られます。 私のように3のみ買った人でも全巻読んでしまうでしょう。そして何度も何度も読んでしまうでしょう。
どれもが『濃い』
オリジナルは1986年5月リリースの『深夜特急 第二便』。本書はその前半部分を文庫化したもので、1994年4月25日リリース。文庫化の巻末にはこの『3』で登場する此経啓助氏との1984年8月掲載の対談『十年の後に』が加えられている。 『深夜特急』自体の最初の部分は、この『3』のカトマンズの部分から始まっている。それだけ、この『3』に収められた部分が最もディープな場所だった、ということでもあるだろう。思い出したのは植草甚一氏の『カトマンズ・・・・』である。第8章『雨が私を眠らせる』では、文体まで変わり、手紙になり、そこで旅は停止したかのようになる。ベナレスでのドラマチックな日々やブッダガヤでの子供たちとの生活、どれもが『濃い』。 第一便と第二便の間が18年も開いたのは何故だろう。おそらくはこのインド・ネパール・パキスタンでの日々が何であったのかを、考えたのではないだろうか。ジム・ロジャーズのバイクと車での二度の世界一周の話にもシビれるが、沢木耕太郎のインドはもっとシビれる。
沢木耕太郎 フィクションとノンフィクションの狭間
多くのバックパッカー達を夢の世界へといざなってきた沢木耕太郎の『深夜特急』は何回読んでも彼の体験した世界へ惹きこまれていきます。本書の後半部分に書かれているインドのベナレスでの聖なるものと俗なるものの混沌とした日常にはあらためて驚きましたし、インド的なるものを追体験させてもらいました。 ガンジス河の沐浴所と死体焼場の隣接だけでなく、死体の扱いもまた日本人の死生観とは全く別の次元のものでした。このような筆者の体験がまた驚きとなって多くの若者をインドの旅へと誘っているのかもしれません。未知なる事柄に遭遇するたびに、旅そのものの魅力も感じるわけですが。 沢木耕太郎は、26歳の時に全てを投げ打って旅に出て、30代後半の時に本書(単行本)を世に出しました。実際、その間に10年以上の歳月が流れています。無名の作家も、この頃には有名な作家・沢木耕太郎として知られているわけで、若き旅人の無計画さと無鉄砲さをどこか冷静に見ている中年の作家がそこに存在しているのです。 彼の体験は当然全て実際上のものでしょうが、書かれている紀行文での彼の行動と考え方は、10数年という月日のフィルターを通して、消化され、旅のエッセンスを高い純度で再提示しているものと考えます。 それをフィクションというにはあまりにも早計です。旅の道中では、その坩堝に掘り込まれ流されている者にとって、その意味を知る余裕もありません。 人生を旅に例えますが、先の読めない旅の途中で、その時点を冷静に振り返るなんて作業は難しいに決まっています。だから、作家がしっかりと旅の意味を捉えた段階で文章化するのは「あり」でしょうし、その作業を経たからこそ、何十年と若者に支持されたわけで、ここに「深夜特急」の魅力が宿っていると思います。
インドは今も変わっていないだろう
私もインドを旅行したことがあります。日本の常識が通用しないことや人々の貧困に大変驚いたことを覚えています。 この本では駅や路上で生活している人やベナレスの死体焼場のことを取り上げていますが文章がどちらかというと冷静です。残念ながら1巻の「香港・マカオ編」のちょっとの事にも興奮して何でもやってやろうというワクワク感が減じてしまっているように思います。旅も佳境に入って、一日一日を現地の人たちとどうやって過ごすかということに重点が置かれているので仕方のないことかもわかりませんが・・。
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沢木 耕太郎
¥ 420(税込)
在庫あり。
ジャンル内ランキング:7813位
カスタマーレビュー数:15
【
くちコミ情報
】
われわれ「若者」の旅の指南書
作中に記述がある田中角栄が、列島改造論を声高にまくしたてていたころだから、時代は35年以上前のようだ。 沢木 耕太郎の旅は、まずは降り立った駅の繁華街を目指すことから始まる。繁華街には安宿があるからだ。 宿探しの過程で、すでにその国の人々と触れ合うことにより、新たな国での旅がスタートしている。 そして、やっと見つけた宿が「娼婦の館」だったり「売春宿」だったりと、旅話がとたんに人間くさくなり、彼の旅に対し親近感を持つことになる。 沢木が放浪したバンコクもペナンにも、まだま英語が話せる人が少なく、現地語を習得せざるを得ない環境下で、さまざまな出会いを通じて生きた言語を学んでいく。つまり、日々の生活そのものが旅であり貴重な体験であると、暗に沢木は示唆しているのである。 35年前の海外旅行といえば、「ノーキョ−さん」と各国で揶揄された団体客が、有名観光地を一巡し、おしきせの旅行で満足していた時代だが、すでに27歳の沢木 耕太郎はそのころに、奥深い自分流の旅を見出していたことになる。 深夜特急はいまだバックパッカーのバイブルとして、日本の「若者」たちの支持を得ているが、今回買った深夜特急〈2〉マレー半島・シンガポール も94年の初版からすでに50刷になっている。 われわれ「若者」の旅の指南書として、今後も愛読し続けたいシリーズである。
いいね
大小のところとか 多分フィクションだけど 面白いね。
「わからない」からこそ旅をする
第2巻はようやく香港を離れ東南アジアへ。第1巻と違いマレー半島を一気に南下するため、人や場所との出会いがテンポよく描かれ、まるでロードムービーを見ているような感覚で読める。また、旅人が「金が無い」と言って断ることについて長々と考え込んだり、自分がなぜこの旅を始めたかということに初めて向き合うなど、香港の幻影を求めては落胆し、ややテンションが下がっているせいか、内省的な、いい意味で言えば沢木の心の動きを丁寧に追った巻とも言える。 特に169ページからは、心に書き留めておきたいような、重く響くような述懐が続く。自分でもよくわからないからこそ、沢木は言葉を尽くして、回想と解釈のループを繰り返して、何とか納得のいく答えのようなものをねじり出そうとしている。旅先で世界一周をしている人に「日本に帰ったらどうする予定なんですか?」と訊いたことがある。「まぁ、それはその時考える」「よくわからない」だったり、非現実的な答えが返ってきたりして、その曖昧さが自分の心を曇らせた。当たり前だけど、彼らは未来のことなど「わからない」からそこにいて、「わからない」ままそこにいるのだ。その「わからない」の一線はまだ越えられそうにない。 かくも回りくどい、明快な答えなど出ようのない魂の彷徨は、今も昔も人種も国籍も関係なく、バックパッカー普遍のものだ。それを初めて言葉にしたからこそ、『深夜特急』は今も新たな読者を増やしている。
旅は人と出会うために行く
オリジナルは1968年5月リリースの『深夜特急 第一便』。本書はその後半部分を文庫化したもので、1994年3月25日リリース。文庫化の巻末には俳優高倉健氏との『死に場所を見つける』と題する1984年1月に掲載された対談が加えられている。この対談が本編と並ぶくらいに面白くて、文庫版をこの部分だけでも手にとって読む意味はある。 第二巻は『マレー半島・シンガポール』である。ぼくは10年ほど前にマレーシアを夏休みに一週間かけて車で縦断した経験があるので、特に興味深かった。ぼくの印象に最も残ったマレーシアはこの本にも乗り合いタクシーの部分で出てくるが『スピード狂』である。国民総スピード狂ではないかと思うほど、恐ろしいスピードでかなり古い車が文字通り飛び回っていた。バスを乗り合いタクシーが追い抜くシーンはそれと重なってしまって思わず頷いてしまった。 ここまで読んでみて思うのは、旅というのは名跡を見歩くのが楽しいのではなくて、そこにいる人たちと触れ合うことにこそ楽しさがあるのだな、ということだ。特にシンガポールのあたりでそう思った。そしてただただ羨ましい。ホントに羨ましい。そういう本である。
マレー半島 香港・マカオとは一味違う旅の行方
沢木耕太郎の深夜特急シリーズは、バックパッカーの永遠の愛読書と同時に、今なお青春の書の代表のようなものでもあります。 全てを投げ捨てて、気ままな一人旅をしたい、と思ってもままならぬ現実があるわけで、本書を読む人は、沢木の行動に自分の夢を託しているのかもしれません。忙しく生活に追われる現代人にとって精神の開放につながる書籍でしょう。前作の香港・マカオの熱を帯びた文章と比較すれば、少し冷静な沢木を発見します。 アジアでも微妙に国民性が違い、それは、タイ、マレーシア、シンガポールと下るに従ってそれぞれの違いがはっきりしてきます。安宿を探すあまり、ペナンの娼館に泊まり続けるエピソードが興味をひきます。ヒモの生き方の大変さもうかがい知れました。沢木は冒険野郎ですが、このように冷静に人間の優しさ、悲しさを感じ取るという感性の豊かさが読者に心地よいのです。人との関わりを避けるように日本を離れながら、旅人は異国の旅先で人との関わりを持たざるを得ませんし、持つことを欲します。旅の醍醐味と真髄がここに出ているようです。 その昔、本書で描かれたペナン、クアラルンプール、シンガポールを旅行したことがあります。本書を読むとそれがいかに表面的なツアーだったかと思い起こしています。 沢木のような旅は、人々の間に入り込み、同じ食べ物を食べ、生活を一緒にすることで、深くその土地に根付き、その個性を浮かび上がらせます。それゆえ、同じ国でありながら全く違う印象を感じ取りました。 対談の高倉健との「死に場所を見つける」も面白く読みました。寡黙な人というイメージの高倉健が沢木と意気投合して様々な旅について語る話は本編とは別の意味で興味を惹きました。
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¥ 460(税込)
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カスタマーレビュー数:15
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くちコミ情報
】
トルコ
沢木氏の本は臨調感があり、吸い込まれて読み終わります。
転換点。
『深夜特急』は、どの巻から読んでもいいと思います。 自分が最初に通読したのは、この五巻でした。 冒頭の一行は、 「テヘランに着いたのは、夕方の六時頃だった」。 この五巻にも、沢木流旅の実践指南が具体的に語られていきます。 たとえば、こんな記述。 「新しい国に入った際にいつもそうしてきたように、 一から十までの数字と、何、いくら、どこ、どのように、 といった言葉の使い方を教えてもらったのだ」 一切のガイドブックを持たずに、 ただ2枚の地図だけを頼りに続けている旅なので、 この現地の言語となじむことは重要でした。 第一巻は、香港から始まるこの旅の熱気と喧噪と興奮が ダイレクトに伝わってきます。 それが5巻になると、 著者(旅の主人公)は、この旅そのものを内省し始めます。 きっかけのひとつは、約束の実行です。 「酔狂なことをきわめて真剣にやる (つまり乗り合いバスだけを乗り継いで ユーラシア大陸を横断しきる)こと以外に目的を持たない旅でしたが、 彼には、ひとつ果たすべき約束がトルコであった。 人を探し、預けられたものを渡すこと。 それを彼はトルコで終えます。 そのくだりは、比較的さらりと書かれています。 もうひとつ、主人公は、特に目的を持たずに旅を進めてきましたが、 彼には1カ所だけ、どうしても立ち寄りたかった場所があった。 彼を旅に誘ったひとつの大きな要因だった 小田実の著書『何でも見てやろう』の中で とても魅力的に綴られていたギリシャのペロポネソス半島。 彼はこの目的も成就する。 すると、それまで彼の胸をときめかせていた旅の出来事、 現地人との交流などが、ありきたりの、 今までに経験してきたことの繰り返しに感じられてきてしまった。 トルコで託された約束を果たし、ギリシャで意中の目的を達成し、 旅の終わりが見えてきた時、主人公は何を思うのか。 通常なら、ある種の手応えや充実感を覚えるのでしょうが、 彼が実感したのは「喪失感」だった。 ここが著者ならではの感受性だと思われます。 そして、この巻は、 わずか14ページの素敵な1章、「絹と酒」で終わります。 それは地中海の海をギリシャからイタリアへ渡る船、 ポセイドン号の上で書かれた手紙。 「僕は、いま、地中海にいます」
一気に読みました。
ケーブルテレビの再放送で深夜特急を見て、原作を読みたくなりました。異文化を前向きにとらえる味わいのある文章、1巻から6巻まで一気に読みました。これを読んで遠くへ旅立った友人を思い出しました。
予定を立てないということ
自分もこのような旅をしてみたいと憧れます。「金」「時間」「英語力」「好奇心」「若さ」「決断力」考えてみればどれも今の自分には不足しているのでせめてこの本を読んで遠いトルコやギリシアに連れて行ってもらっています。 この本に書かれていることが本当ならば、著者は明日のことさえ考えずに旅を続けています。現在の日本に住んでいると、できるだけ先のことも予定が立たないと不安を覚える癖が付いてしまっています。果ては年金の心配までする始末です。本当はこの本に書いてあるように明日のことなんてわからない。道をぶらぶら歩いていると誰かから声をかけられあとはなるようにしかならない。この本の底流にはそのような思想があってその魅力で5巻まで読み続けることができました。6巻では、どのように旅を終えるのか楽しみです。
飛光飛光
オリジナルは1992年10月リリースの『深夜特急 第三便』。本書はその前半部分を文庫化したもので、1994年6月1日リリース。文庫化の巻末には高田宏氏との1992年10月掲載の対談『旅を生き、旅を書く』が加えられている。 実際に旅をしたのは26才、この第三便のリリースはその17年後の43才の時と言うことで、第二便からも6年が経過している。その意味でいささか『連続性』が薄れるのは感じるが、旅自体の魅力は減少しない。この『5』でついにアジアを離れ、ヨーロッパに入る。印象的なシーンが数多く登場する。そして歴史的建造物よりも、その土地の人に旅の魅力を感じる視点に共感を覚える。 ここに来て多くのデジャ・ヴを体験し、ゴールを意識するようになっている心理的な変化を語りはじめる。最終巻でこの気持ちがどうなっていくのか、が最も興味あるところかもしれない。 個人的に一番印象に残ったのは熊を使ったイスタンブールでの恐喝のシーン。絶対に日本にはいない。
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くちコミ情報
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青春発墓場行
第4巻から、本題のロンドンを目指しバスを乗り継ぐ旅がスタート。ようやくインドを抜け、パキスタンからイスラム圏に入り、沢木は前に進むことの快感を覚え、旅の加速度を増していく。今は決して入れないアフガニスタン・カブールで滞在した後は、知人がイランの首都テヘランにいることを知り、飯をおごってもらうため無我夢中で先を急いだりと、せわしなくシルクロードを抜けていく。 アフガンに行ったことのある人の写真を見たことがある。自然は荒削りなままに美しく、人々もまた、険しさの中に優しさを湛えているような表情をしている人が多かった。沢木はカブールでホテルの客引きをやることになるが、それを命じたホテルの若きマネージャーは、貧乏旅行する旅人に対して辛辣な言葉を放つ一方どこか抜けてて憎めない感じで、自分のイメージしてたアフガン人と合ってて面白かった。 第4巻から本当の意味で旅が始まったからなのか、旅そのものの加速度が増したからなのか、沢木はヒッピーたちとの別れや、『ペルシャ逸話集』から旅の終わりの先にある「真っ当な生活」に思いを馳せていたり、孤独を噛み締めるような描写が目立ってくる。F om Youth To Death=「青春発墓場行」とか、「グッド・ラック」とか「ハロー・グッドバイ」とか、出会いと別れを繰り返す旅路の中に、センチメンタルな響きを持った言葉が登場し始める。 それにしても。オバマはアフガンの治安維持のため増派を決めたものの、パキスタン情勢の悪化も相まって前途は多難。イランも大統領選後に混乱があったし、旅人がこれら国々に再び安全に入れるようになるのはいつのことになるんだろう……。
さあ、今夜はたくさんお上がりなさいね
オリジナルは1986年5月リリースの『深夜特急 第二便』。本書はその後半部分を文庫化したもので、1994年4月25日リリース。文庫化の巻末には今福龍太氏との1993年2月掲載の対談『終わりなき旅の途上で』が加えられている。 『4』はインドを出発し、アフガニスタン→イランとシルクロードを西へと向かうところである。凄く意外だったのは建築家の磯崎新氏との親交だ。まだ無名だった頃から、奥様で彫刻家の宮脇愛子ともども再会を喜び合うシーンが出てくる。再会時の豪華な一食のために旅路を急ぐのが面白い。また、奥様の挨拶より先の『さあ、今夜はたくさんお上がりなさいね』が可笑しい。 ここでも様々な人に出会う。印象的なイスラムの老人たちの様子が心に残った。
今では辿ることが難しくなったシルクロードのバスの旅
旅に危険はつきものですが、政治情勢が不安定な国の旅は現在では難しくなりました。この「深夜特急」の第4作は、情報の少ない国々の魅力がダイレクトに伝わってきました。たとえそれが30年前の姿であったにせよ、バックパッカーにとって本書はバイブルのような存在でしょうから。 インドのアムリトサルからパキスタンのラホール、そしてラワール・ピンディーへ向かう長距離バスの荒っぽい運転は日本では考えられない凄まじさでした。理解を超える状態を体験するから旅の醍醐味を味わえるのでしょうが。 アフガニスタンへの旅も今では大変難しいルートになっています。ペシャワールからカイバル峠を越えてカブールそしてカンダハル、実に魅力的なルートですし、30年前の治安の良さを感じました。 カブールのアベズ・ホテルでの客引きの体験を通して、若者の生き方の違いを明確に示したわけで、生きることと旅の本質的な違いも浮き彫りにしたように感じました。 有名な建築家の磯崎新氏と彫刻家の宮脇愛子さんとの出会いもまた旅の触れ合いと人情の温かさを感じます。イランのテヘランでの街の魅力は、魅力的にかつ具体的に描かれています。「イランの京都」のイスファハンでのモスクの情景と祈りのシーンは印象的でした。挿入されているモハメッド・アリとジョージ・フォアマンの「世紀の一戦」をテレビ見たというシーンは、共有できる思い出でした。 イスファハンのバザールの老人との間で繰り広げられる時計売買のやり取りで感じる筆者の優しさと思いやりが、この長旅を筆者と一緒にたどる読者にとって清涼剤となっていることでしょう。
イスラムの国々に行ってみたい
著者はバスに乗ってパキスタンからアフガニスタンそしてイランへと旅を続けます。 イスラム圏の国々は現在アメリカと敵対していて、そのアメリカと同盟関係にある日本にとってはこれらの国々はどちらかというと危険で怪しげなイメージがあります。 でも、時計売りのオジサンとか、客引きをさせるホテルの若造とか、バスに乗ってきた親切な役人とか、登場人物は皆個性的で魅力的です。 この本を読むと大寺院でコーランの朗誦を聞いたり、露天でカバブを食べ歩きたい気分になります。
蒼味を帯びた風
このシルクロード編を読んでいると、文中でも使われてる蒼味を帯びた風がスーッと吹いてく るようなそんな感じを受ける。最初の方の勢いというものが薄れていき、著者自身の内面描写 にスポットが当たる部分も多い。だが迷い迷う姿には誠実さがあるような気がした。 ここでは乗り合いのバスがメインで淡々と進む所があるので、ある種起伏に欠けるが、それで も一台のバスの中に多国籍の放浪者達が集まる画は想像しただけで何か面白いし、バスの窓か ら時折覗く景色に非常に心が揺れるね。淡々としてるが、そこここに微妙に違う色があって 感慨深いね。 最初の香港編から物乞いはずーっと出てきたが、ここで登場したロッテルダムの男という青年 が、ほぼ限りなく文無しに近いのに、それでも物乞いの子供たちに自分の金をわけてやる姿に は感動したし考えさせられたね。著者もそこで衝撃を受けて、ある意味解放されて自由に なったと書いてるが、ほんとあげるのが良いとか悪いとかの理屈じゃないのね。生きるのも 生きれるのも理屈じゃないと、、、。 ここから旅も冬に突入するのかも、蒼味を帯びた風が吹いたとき、それがどこから吹いてるの かと前に進めるか、その冷たさに震えて立ちすくむ、もしくは終わってしまう、そうゆう放浪 の旅独特の転機を垣間見た気がした。
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カスタマーレビュー数:23
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くちコミ情報
】
ロンドン
沢木氏の単行本を一気に読み切りました。 若さと今の気持ちこの感覚のギャップが自分を鼓舞します。
影響大いに受けました!
10年ほど前に購入した単行本6巻何度も読み返しています。 最近テレビ版のDVDも購入し、日曜日は3巻一気に観賞にふけっています。 旅から帰国して何年も経過してからの記述であることを考慮しなければ、 20代の若者(ある程度社会に揉まれているとはいえ)にしては、 あまりにも記述が第三者的すぎる印象もぬぐえない気もするけれど、 何年も経過してからの記述であるからこそ、読み物として読み応えのある作品に なりえたのであろうと思います。 実は一昨年6月に自身の旅行記を出版したのですが、出来上がったモノを 読み返してみてびっくり。沢木氏の文章ではないかと思えるほどでした。 校正段階では気付かなかったのですが、これほどまでに彼のエッセンスが 自分自身の中にまで及んでいたとは・・・・。 旅先で考えたこと 南欧周遊 パリに寄り道
楽しかった
作者にあこがれて 俺も同じような旅をした。 かなり楽しかった。
ワレ到着セズ
オリジナルは1992年10月リリースの『深夜特急 第三便』。本書はその後半部分を文庫化したもので、1994年6月1日リリース。文庫化の巻末には井上陽水との1994年2月の対談『森の少女とカジノの男』が収録されている。が、今回の対談は余り本編とは関係ない感じだ。 旅の終わりを惜しむ気持ちがある一方で、どのようなルートでおしまいにすべきか、また、どこを観てからゴールに向かうべきかを考えるシーンが増えてくる。この巻に登場するポルトガルは第二巻での高倉健氏との対談で高倉健氏が最も好きな場所としてあげたところであり、筆者も印象深く思っているのが分かる。90エスクド(当時約900円)で彼を海を望む最上の部屋に泊めた老婦人と髭の息子のシーンがとくに好きだ。 そしてロンドンについての電報のシーンが心に残る。これほどの旅を経験できる人が何人いるだろう。心が固まりそうな時、何度も読み返したい作品だ。
旅の終わりとは・・・
沢木耕太郎がたどった旅の完結編です。アジアからヨーロッパまで、彼の放浪の旅にずっと付き合ってきました。ラストに向けて何らかの大団円を期待していた向きにはあてが外れた感じを受けますが、旅が人生に似ていると言われている以上、あのラストのコメントも当然ながら受け止められるものでした。読者に半ば投げかけたような言葉であるからこそ、読後の感じ取り方もまた多岐にわたると思います。 旅の途中で出会った人々との触れ合いも本書の魅力です。最終巻でも人々との関わりが語られています。旅での経験が外国の人に魅力的に映るわけですから、その足跡と得たことは大きな価値を持っています。 26歳の自身の行動を少し客観的に眺めて記している40歳を超えた筆者が傍らに寄り添っているようにも感じました。時折、20代の青年にしては、思索的でどこか観念的な部分が見え隠れして、実際の旅の行動とその筆運びに微妙な距離感を感じながら読んできました。 その違和感の行き着くところがラストのメッセージなのかも知れません。実際の旅には必ず終りがあり、それを受け入れることで一応の旅の完結を見るわけですが、ノンフィクションの形態をとった青春物語は、必ずしも現実的な旅の終わりを欲してはいないわけで、旅情とある種の距離感をもった終りのコメントはリンクしているように感じました。 多くのバックパッカーの愛読書であり、したくても出来ない自由な放浪の旅は発売以来多くの読者を得てきました。人生に閉塞感を感じ、何らかの打破を考えている人にはとても有用な書籍となることでしょう。 エヴァー・グリーンの輝きをもった書として次の世代に読み継がれる本の一つに位置づけられると思います。
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男のロ・マン
真剣勝負に死力を尽くした戦士たちの壮絶な生き様が描き出されている。 彼らの緊張感や息遣いが、ひしひしと伝わる臨場感あふれた文面も圧巻である。 第一線をサポートする身辺での軋轢や確執、再三再四の攻防も読見応えあり。 夢の舞台、舞台裏には、日の目を見ることのない逸話があることを教えてくれた。 と、同時に、読み手へ闘う意欲を喚起し、一歩を踏み出す勇気を与えてくれる。 内容紹介にある“現代の若者に圧倒的な支持を得た情熱的作品”にも頷ける内容です。
3つのタイプ。
まっ白に燃えつきる人間とそうでない人間、 そしていつか燃えつきたいと望み続ける人間。 自分も3つ目の一人なのだろう。 「いつか」がやって来ない人間。
熱いが切ない物語。
・ボクシング ・野球 ・マラソン ・競馬 といった競技に生きた男(牡)たちの話です。 私自身、 大半の登場人物に関して、 現役時代を知らないのですが、 それでも響いてくるものはありました。 才能がありながら、生まれた時代(タイミング)のために、 一流として名前を残せなかった『三人の三塁手』の話や、 奪われた王座を奪還するまでを描く『ドランカー』も良いのですが、 個人的には『長距離ランナーの遺書』が最も印象的でした。 最近、マンガ『栄光なき天才たち』の文庫版3巻で たまたま円谷幸吉さんの話を読んでいたため、 深く心に残ったのだと思います。 この本は 登場人物の現役時代を知っている人が読めば、 相当ハマると思います。 それぞれの話で、 燃え方は違いますが、 「燃え尽きた男たちの物語」だといえると思います。 本全体の 個人的なオススメ度としては星4つとさせていただきました。 (良さは伝わってくるのですが、 私自身に基礎知識がなかっため 十二分に楽しみきれてはいないと思います)
いつか燃え尽きたいと望み続ける人間が、一歩を踏み出すとき。
■読み始めたきっかけ 沢木耕太郎は、「深夜特急」が大のお気に入りでした。スポーツのノンフィクションも書いていること を知り、読み始めました。 ■心に残る言葉 p.59 人間は、燃え尽きる人間と、そうでない人間と、いつか燃え尽きたいと望み続ける人間の、三つのタ イプがあるのだ、と。 →沢木はカシアス内藤を最後のいつか燃え尽きたいと望み続ける人間と分類しています。その後、興味があ ってカシアス内藤をGoogleで調べてみると、2005年にE&Jカシアスボクシングジムを開いたことを知りました。 ジムの名前のEは、恩師のエディータウンゼントの頭文字、Jは内藤の本名の純一から取ったそうです。こ れを読んでから、彼は一歩踏み出したのだと思いました。恩師との約束である後進の育成を実行し、本名の Jをジムの名前に使ったのは彼の本気度を表していると思います。このジムから世界チャンプが生まれたと きに、彼は「いつか」から燃え尽きる人間になるのだと思いました。 ■どんな人にお勧めか 大多数ではなく少数派に属したいと思う人に 内藤と亀田のタイトルマッチの時に、亀田がなぜマスクをしていたのか知りたい人に 優しさだけではプロの世界では勝てないと思った人に
学生時代の熱い思いの延長にあるもの
スポーツは勝敗がある。勝ち続けるのがベストだが、どんなに輝いていた選手も時と共に衰えていく。 一瞬でも光が当たったのならまだいいが、光が当たらないのに、何の為にがんばるのか? 敗れ方の美学があると、この本を読んで思った。 何のために生きるのかはわからないが、皆生きているのと同じように、彼らも多分、なぜ?と思いながら戦ってきたんだろう。 彼らは戦う相手がいたことが、幸せだなと感じた。
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くちコミ情報
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三色に塗り分けられたかつての同窓生、そしてロシア国旗
米原万里氏の死は早すぎた。世界は社会主義の崩壊を見た多感な少女の目線を永遠に喪った。 「リッツァの夢見た青空」「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」「白い都のヤスミンカ」 この三色は、ロシア国旗の色では、「忠実」「勇気」「高潔」を表す(意味には諸説ある)。 祖国ギリシアに強い憧憬と望郷の念を持っていたリッツァは、ドイツで暮らしている。 故郷は遠くに在りて想うもの。帰ってみれば、相容れない習慣や価値観がある。 異国でも、自分を必要とする人や、忠実な友がいる。彼女はそれこそを故郷とする。 そして、たとえ今いる場所が曇り空でも、確かに故郷の青空と繋がっているのだ。 衛星放送のアンテナが、力強くそれを証明する。 ルーマニア人のアーニャは嘘をつき、その嘘を自ら信じ込む。矛盾や相違は見ないふり。 というより見えない。知識は彼女に新たな目線を与えるものではなく、目隠しにだけ利用される。 「国境なんて意味がない」と言いながら、「私の中のルーマニアは10%、90%はイギリス」などと、 国境に縛られまくりの発言をする。自分の恵まれた環境を自覚せず、母国の遅れを蔑む。 著者は心中の異議を口にしない。アーニャには現実を見る勇気が無いから。 嘘で塗り固めた幸せでも、アーニャは曲がりなりにも幸せなのだ。 ユーゴスラビア出身のヤスミンカは、聡明で達観した少女だった。客観性を、恥の意識を持つ稀有な少女。 著者と少数派である悩みを打ち明け合い、無二の親友になる。 社会主義から冷遇された母国は、更に国家の分断、民族や宗教という寸断に晒される。 しかし彼女は、大統領の娘という立場に対する逆差別と闘いながらも、己の信念によって高潔に生きる。 結局、国家や民族や宗教を形作るのは、個人なのだ。少なくとも根本的には、個人である筈だ。 ソビエト学校という組織の中において、多種多様な人物に邂逅した米原氏。 それらの細かなエピソードを掬い取り、この作品にまで仕上げた鋭く柔らかな感性。 あまりにも早く、その目は閉じられた。しかし彼女の作品は、永遠に人の胸を打つ。 「ロシアでは才能はみんなのもの。妬み引きずり下ろすものではない」 世界中の国々が、人々がこうであったら、人類はもっと早くより良い世界に住めるだろう。
中欧・東欧のお国柄
著者の趣旨とは反するのかもしれないが、著者の友人三人の人となり、行動、成長ぶりがいかにも中欧・東欧の各国の個性を反映しているように思えるところが面白い。社会に根づいた貴族制度(平等の軽視と格差の容認)というのは社会主義革命程度では消え失せないと思った。これは中国も同じですね。 最も複雑で陰影に富んでおり日本人には理解が難しいのが旧ユーゴスラビアだろう。旧ユーゴのイスラム系インテリ家族の気高さ、芸術への感性、悲喜劇は印象に残る。
国を超えて結ばれた友情、その強い絆に胸揺さぶられました。
ギリシャ人のリッツァ、ルーマニア人のアーニャ、ユーゴスラビア人のヤースナ。著者が10歳から14歳の五年間を過ごしたチェコスロバキアのプラハ、その八年制ソビエト学校の親友たち。お互いにまだ子ども同士だった彼女たちとの交流と、彼らと三十年ぶりに再会した時のことを綴っていくなかで、民族意識と愛国心、それぞれの人生の変転が鮮やかに立ち上がってくるノンフィクション作品。 <まだ一度も仰ぎ見たこともないはずのギリシャの空のことを、「それは抜けるように青いのよ」と誇らしげに>言うリッツァ。「あなたは、チースタヤ(純粋な、生粋の)ルーマニア人?」と、相手は軽い冗談のつもりで言ってるのに、目をつり上げて怒りまくるアーニャ。学校の地理の時間、見事なプレゼンテーションで祖国ユーゴスラビア連邦のことを語っていくヤスミンカ(ヤースナ)。異国の地にあるからこそ余計に、自国と自分の民族を誇りに思う子ども時代の彼女たち。日本人のマリの目を通して、そうした彼らの心情が生き生きと活写されていたのが、まず、素晴らしかったなあ。自分でもどうにもならない望郷の思い、自分を自分たらしめているアイデンティティーとしての民族意識が、後半の再会の場面へとつながっていくところ。読みごたえ、ありましたね。 収録された「リッツァの夢見た青空」「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」「白い都のヤスミンカ」それぞれに、冒頭のシーンが何らかの形で三十年ぶりの再会のシーンにつながるところも、印象深いですね。<「ハハハハ、ザハレイドウが走っとるわ、走っとる」>という一行からはじまる冒頭の場面が、後半、奇跡の一瞬のように再現される表題作など、殊に魅力的。目頭が熱くなりました。ちなみに、ソビエト学校時代のアーニャが写った写真が、『ユリイカ2009年1月号 特集=米原万里』に載っています。 でも、収録された三篇の中、私が最も魅力を感じたのは、おしまいの「白い都のヤスミンカ」でした。最初は近寄りがたい存在だったヤスミンカが、「ヤースナと呼んで」とマリに近づいてくる出会いのシーン、ヤースナのパパが語る思い出話(この話がまた、すごくいいのです)、「私の神様は、これ!」と言ってヤースナが突き出した北斎の絵。著者の心の中にあるヤースナとの色んな思い出が、後半、ユーゴスラビア連邦崩壊に端を発する多民族戦争の中にあって翻弄されるところ。はらはらしながら頁をめくっていくしかなかった。 そして、三つの作品すべてで感じた、国も違えば民族も違うマリと彼女たちが再会するシーンの素晴らしさ、彼女たちが見せる喜びの大きさ。異国でともに少女時代を過ごした彼らの強い心の絆が自然伝わってくる再会の場面は、特に胸に迫るものがありました。
嘘をつくことで、アーニャが守ろうとした真実
米原万里氏の書評は、池澤夏樹氏主催の Cafe impala で、以前から親しませていただいていた。彼女が亡くなって数年がたち、その圧倒的な表現力とグローバルな見識・知性とが、ますます稀有なものとなっているとの思いは、深まるばかりである。 ところで、傑作『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』は、著者の在プラハ少女時代の、ソヴィエト学校通学当時の3人の親友との交友、およびその後を、個人史的・見聞録風に綴ったことを縦糸に、東欧共産圏の社会的・政治的事情を横糸として描かれる。まったくの政治音痴のわたしには、たいへん勉強になる近代東欧史の復習でもあった。 著者のクラスメイトであり、皆からも好かれていたアーニャ。彼女はたびかさなる嘘をつき、そうすることで、自己の夢への誠実、他者への配慮を守り抜こうとする。そこにはあきらかに、政治的に抑圧され、経済的に逼迫した人々の存在が、彼女のこころに重くのしかかっているという、心理的窮状がうかがわれる。支配者・被支配者のどちらに属そうとも、それは同じことであったろう。子供たちは、政治を理解する以前に、まず、自己の周囲の小さな社会内での軋轢を解消するために必死であるし、あるいは、嘘という方策を講じることのできたアーニャは、その点でめぐまれていた方かもしれない。アーニャは、そうすることで、何かいうにいわれない真実を守り抜いたのであるし、それは、美しい人生を思い描こうにも描けない、どうにもならない境遇の袋小路が、そうさせたにちがいない。 それにしても、ロシア語通訳者、作家、エッセイスト、という米原氏の特異で稀な境遇の賜物たる本書を得ることで、わたしたちは、またひとつ、時代と歴史を俯瞰するたしかな視座をあたえられたような気がする。社会的システムと個人的人間のあり方のギャップに生じる不可避な軋轢と不幸を、つぶさにたどり感じることで、多くの人が、同時に個人として幸福を追求せざるをえないことの困難と不幸とを、ふたたび、わたしたちは素朴に考えさせられる。 たしかに、嘘は悪いものではある。けれども、嘘をつくことでしか自分を守れない、アーニャのような子供たちは、今後もきっと、後を絶たないであろうし、そしてわたしたちも、積極的に嘘をつくことでしか、守れないものが、ときにはあるようである。アーニャに於いては、一見善良で根の深い嘘のつき方の一貫しているところが、彼女の人生と夢への向き合い方の誠実さを示しているようにもみえる。 有名な、フランソワ・ラブレーの言葉は、むしろ、アーニャにこそ、ふさわしいのかもしれない。 “三つの醜い真実よりも、一つの美しい嘘を”
おすすめ!!
作者がプラハの学校へ通っている時の友達3人との3つのお話。違う国籍を持つ人とこんな風に仲良くなれるんだ〜って感心しきり・・・。万理さんの歯に衣着せぬ書きっぷりの見事さに引き込まれあっという間に読んでしまいました!!面白かった〜〜。
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イサム・ノグチの名前は知らなくても、彼の「あかり」の連作なら誰もが見知っているだろう。シンプルな紙細工の照明器具は、デパートなどで販売されてきた「芸術作品」であり、サラリーマンでも容易に入手できることをイサムは誇りにしていたという。
本書は「ミケランジェロの再来」とも言われた彫刻家イサム・ノグチ(1904-1988)の生涯の最もプライベートな部分まで、FBI文書などの貴重な未発表資料を数多く用いて丹念に描き出す。その人生は物語の主人公のように波瀾万丈で、登場する人物も実に多彩である。22歳のイサムを「助手」として迎えた彫刻家ブランクーシ、イサムの「パトロン」としてさまざまな援助を惜しまなかった陶芸家北大路魯山人。山口淑子(李香蘭)との数年にわたる結婚生活をはじめ、その華麗な女性遍歴もつまびらかにされる。豊富な肖像写真によって、人々を引きつけてやまないイサムの魅力が生き生きと浮かび上がる。
日米の混血児として、日本のみならずアメリカでも第二次大戦前後に辛酸をなめたイサムの一生をたどる本書の焦点は、モダンであることを常に追求してきたイサムの作品の芸術的評価や分析以上に、どちらの国にも帰属し難かった彼の懊悩(おうのう)にあてられている。惜しまれるのは、もし本書が巻末に人名索引を備え、せめて数点でもイサムの代表的彫刻作品をカラーで紹介していたら、専門の研究者にとってもさらに有用なものとなっていただろうということである。(安田靜)
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学術研究書とはひと味違う
研究書ではあまり表に出てこないような、 恋の話が詳しく出てきておもしろい。 とても読みやすく、ノグチの人生を全体的に知るには良いと思う。
本当に世界のイサム・ノグチなのだけれど、読みにくいのが……
思いがけず、牟礼のイサム・ノグチ庭園美術館に行くことになり、気になっていたこの本をあわてて読んだ。複雑な生い立ち、華麗な女性遍歴と国際的な人脈の数々、戦争時には日本とアメリカのはざまで苦悩する姿などが詳しく書かれている。とくに母親レオニーの奮闘ぶりは(映画になるらしいが)、もっと知られていい。また、晩年にイサムが牟礼である石工さんと出会い、心を通じ合わせていく様にはほっとさせられた。 さすがにノンフィクション大賞に輝く正統派の力作だと思うが、どのページも字で真っ黒。忠実に資料を引いているせいか、いろいろな記号や英語の直訳っぽい表現も多く、さらさら読めるとはいいがたい。たとえばこの本のダイジェスト版などがあれば、もっと多くの人にイサムの生き様を知ってもらえるのにと、文庫本カバーの、老いてもなお、若き日と同じく鋭い眼光を放つイサムの写真を見て、つくづくそう思った。
自分の居場所を生涯求めつづけた芸術家
読み応えがあり、満足です。特に、野口勇氏に関った人々への著者のインタビューが興味深く、この本に命を与えていると思います。
彫刻家巨匠の波乱に富んだ生涯
米国在住のノンフィクション作家が、日系米国人の彫刻家イサム・ノグチの生涯を丹念に取材した初の本格的評伝。日本人の父野口米次郎、米国人の母レオニーの非嫡出子として1904年ロサンゼルスに生まれる。赤子の彼を日本に連れて渡る時から「幼い頃から美への目を養い、やがては自分の思いを表現できる何らかの技術をその手につけてやりたい」と誓った母親の願いがすべての始まりであった。13歳の時、母親に従ってアメリカに帰り、その後ニューヨークを中心として彫刻の制作に励む。 1960年以降、建築家ゴードン・バンシャフトとの仕事が本格化、「大いなる始まり」の時代に入る。庭という小宇宙に活路を見出し、更に公共的仕事をする豊饒の季節を迎える。香川県牟礼に石の彫刻仕事場、よき石工との出会いがあった。 1985年、ニューヨークのロング・アイランド・シティにイサム・ノグチ庭園美術館がオープン。設立の趣旨を「われわれが生きた時代と重要な関わりを持ちながら展開してきた、私の仕事の全体像を見ていただきたいためです」と述べている。(同名の庭園美術館は香川県牟礼にも設立されている) 従来の彫刻家の枠をこえ、美術界でぶつかるあらゆる境界線を突破してユニークな意欲作を末永く後世に遺したイサム・ノグチ。一人の命が完全燃焼して、歴史の激流に翻弄されながらも美を追求した魂に感動せずにはいられない(雅)
久々のヒット
膨大な取材、事実検証がおこなわれた本書には嫌味がなく、イサムノグチの生き方を自分なりに味わうことができます。読みやすい本です。また、一度は聞いたことのある名前が彼の交友関係で次々につながるのには驚かされます。
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イサム・ノグチの名前は知らなくても、彼の「あかり」の連作なら誰もが見知っているだろう。シンプルな紙細工の照明器具は、デパートなどで販売されてきた「芸術作品」であり、サラリーマンでも容易に入手できることをイサムは誇りにしていたという。
本書は「ミケランジェロの再来」とも言われた彫刻家イサム・ノグチ(1904-1988)の生涯の最もプライベートな部分まで、FBI文書などの貴重な未発表資料を数多く用いて丹念に描き出す。その人生は物語の主人公のように波瀾万丈で、登場する人物も実に多彩である。22歳のイサムを「助手」として迎えた彫刻家ブランクーシ、イサムの「パトロン」としてさまざまな援助を惜しまなかった陶芸家北大路魯山人。山口淑子(李香蘭)との数年にわたる結婚生活をはじめ、その華麗な女性遍歴もつまびらかにされる。豊富な肖像写真によって、人々を引きつけてやまないイサムの魅力が生き生きと浮かび上がる。
日米の混血児として、日本のみならずアメリカでも第二次大戦前後に辛酸をなめたイサムの一生をたどる本書の焦点は、モダンであることを常に追求してきたイサムの作品の芸術的評価や分析以上に、どちらの国にも帰属し難かった彼の懊悩(おうのう)にあてられている。惜しまれるのは、もし本書が巻末に人名索引を備え、せめて数点でもイサムの代表的彫刻作品をカラーで紹介していたら、専門の研究者にとってもさらに有用なものとなっていただろうということである。(安田靜)
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米国在住のノンフィクション作家が、日系米国人の彫刻家イサム・ノグチの生涯を丹念に取材した初の本格的評伝。日本人の父野口米次郎、米国人の母レオニーの非嫡出子として1904年ロサンゼルスに生まれる。赤子の彼を日本に連れて渡る時から「幼い頃から美への目を養い、やがては自分の思いを表現できる何らかの技術をその手につけてやりたい」と誓った母親の願いがすべての始まりであった。13歳の時、母親に従ってアメリカに帰り、その後ニューヨークを中心として彫刻の制作に励む。 1960年以降、建築家ゴードン・バンシャフトとの仕事が本格化、「大いなる始まり」の時代に入る。庭という小宇宙に活路を見出し、更に公共的仕事をする豊饒の季節を迎える。香川県牟礼に石の彫刻仕事場、よき石工との出会いがあった。 1985年、ニューヨークのロング・アイランド・シティにイサム・ノグチ庭園美術館がオープン。設立の趣旨を「われわれが生きた時代と重要な関わりを持ちながら展開してきた、私の仕事の全体像を見ていただきたいためです」と述べている。(同名の庭園美術館は香川県牟礼にも設立されている) 従来の彫刻家の枠をこえ、美術界でぶつかるあらゆる境界線を突破してユニークな意欲作を末永く後世に遺したイサム・ノグチ。一人の命が完全燃焼して、歴史の激流に翻弄されながらも美を追求した魂に感動せずにはいられない(雅)
強烈&極端
身勝手なサクセス・ストーリーに猛進する日本男児と、それに振り回されたアメリカ人女性との間に生を受け、日本という閉鎖的な社会で徹底的にはじかれ、10代前半にして一人で外国へと旅立ち、不安と孤独を当然とするような形で成長し、20代前半にしてすでに美術界にて「ミケランジェロの再来」という評価を得たイサム・ノグチの生涯は、派手であると同時に実に単調だ。この本を読む限り、生涯を通して彼には女と表現しかない。普通の人が当たり前に持っているもの(友達とか、懐かしむべき思い出とか、故郷とか)、そいった微笑ましい記憶を彼はほとんど持ち合わせていない。逆にに普通の人には持ち得ない特殊な環境を自由自在に謳歌しているともいえる。若い頃から世界中を旅し、各界の著名人や表現者たちと交友し(北大路魯山人カッケぇ…)、またすこぶる美女に愛される。 p しかし彼にはそれしかない。まるで表現するためだけに生まれてきた人間のようだ。安易な恋愛観と陳腐な自己演出に没頭し、つねに美術史上において自分がしめる位置に気をもみ、あとは自分以外の人間に対する強い不信をいつもかかえていたようだ。読みながら終始「可哀相だなぁ…」と思った。少なくとも才人特有の華やかさや、人間としての大きさははまるで感じられない。つねに彼は癇癪をおこしているか、不安に苛まれているかのどっちかだ。しかしそれはあくまでもこの本を読んで感じるイサム・ノグチへの感想で、本当は彼の人生にももっと楽しさや明るさもあったのかもしれない(そう、信じたい)。 p 著者は膨大な情報量でイサム・ノグチの人生を展開していくが、どことなく情報内容が片寄っているかに思われた。たぶん著者がイサム・ノグチの一面性にばかり焦点を絞って話をしているからであろう。また著者は「イサム・ノグチを分かってあげてほしい」とする反面で、「そんなに簡単にイサム・ノグチを理解させない」的に、読者を突き放す。そしてその方法論が一見イサム・ノグチを「孤高の才人」へと美しく昇華している反面、最終的には読者の奥にまで強烈に迫り得ない理由でもある。 p 「この人はいったい何を思い悩みながらこういった作品ばかりを創り続けたのであろうか?」とイサム・ノグチ作品には終始疑問が付きまとうが、この本を読んでその謎に少し理解が開けた感がした。イサム・ノグチの一つ一つの作品を年代順に追いながら、それぞれを制作した際のイサム・ノグチのコメントや当時の彼をとりまく状況、そしてそれをそれぞれの言葉で評した批評家や他の芸術家たちの言葉をこれほどキメ細かく拾いあげた辺りは、これはスゴイ業績だと思う。とくに、最後の方のイサム・ノグチが唯一認めた美術評論家キャサリン・クーの批評と、それを正当な判断としながら、あえてその裏をかこうとするイサム・ノグチとの無言の心理戦なぞは、この上なくCoolであった。 p イサムは死の直前最後の恋人京子をともなって美術館にいき、アンリ・ルソーの「蛇使いの女」を眺めながら日曜画家で、税関に勤めていたような男が、中傷やあざけりに絶えながら、これほど素晴らしい絵を描くなんて…と、素直に表現者としての感動を示す箇所などは、深みと優しさに満ち溢れています。世界中の美術家たちのそれぞれに、こういった人間模様がそれぞれの形で存在しているのだと思うと、連中のスゴ味を感じざるえません。
ハードだけど羨ましい生き方
詳細な取材に基づいて、世界的な彫刻家イサム・ノグチの後半生を描いた作品ですが、どうしてもイサム・ノグチの仕事を追う描写が多く、その内面はあまり描かれていないように思います。文章も決して読みやすいものではありません。ただ、それでもこの本からはイサム・ノグチの猛烈な仕事に賭ける情熱が伝わってきます。とっても真似できる生き方ではないと、彼のスケールの大きさを感じました。また、自分の仕事にこんなに打ち込めるなんて、うらやましいという気もします。今年はイサム・ノグチの遺作「モエレ沼公園」も完成します。生誕100年でもあります。興味のある方は読んでみる価値はあると思います。ちょっと長いですが・・・。
この本を読まずしてイサムを語ることなかれ
20世紀という時代を駆け抜けた孤高の芸術家、イサム・ノグチ。 彼は一点の創作拠点にとどまることなく、日本、アメリカ、イタリア・・・ と移動し続けながら創作を続けた。 それは「日米のあいのこ」という出自が運命付けた宿命でもあり、 自分探しの旅でもあった。 この書は、イサムのそうした軌跡を丹念な取材で辿ったものである。 p 多くの友人に囲まれ、また愛に悩み、しかし自分の信念を曲げずに 創作に取り組んだイサムの苦悩と喜びがつぶさに描かれている。 p 岐阜提灯を模した「AKARI」などのプロダクトデザインでも 知られるイサムの、全世界に散らばる大作の制作過程なども スケッチされ、読み応えのある一冊。間違いナイ。
個の人間の居場所とは。
イサムノグ-宿命の越境者上巻に次ぐ下巻。 p 『日本社会は日本だけを見つめている。日本のアーテイストとしてやっていこうとしたら、世界的視点を放棄するも同然となる。』これは本文中のイサムノグチ自身の言葉である。国と言うものを外側からも内側からも見ることによって、他の人とは共有しあえない感情の中に生きる孤独。創造的な人間とは孤独であり、孤独の中に生きるがゆえに彼の創造したもの、その創造の過程を通して自分自身を発見し、この宇宙の中での存在の意味を見い出そうとするのではないだろうか。彫刻家イサムノグチ、彼の創造の源とは、まさに出生から孤独の淵に立つ、自己を見つける旅にあったように思う。日本文化の本質が香る西洋の彫刻作品、西洋文化のモダンさを感じる日本の彫刻とは、イサムノグチ、その人そのものの姿であり、異なる文化の狭間にある孤独が生んだ芸術の結晶なのではないかと思う。そんな孤独が取り持つ魯山人との交流や、李香蘭こと山口淑子さんとの出会い、そして生涯の右腕となる和泉政敏さんなど、その他各国各界の様々な人々との交流も興味深い。
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AQUOSモバイル 15インチ液晶ディスプレイTV
見たいソフトがワイヤレスで楽しめる、AVデジタルワイヤレス伝送システム内蔵。2.4GHz帯のSS無線により、壁越しや2階と1階などでも、高画質の映像と音声を伝送できる。AV機器やアンテナを送信機側に接続しておけば、テレビ側には一切配線なしで、好きな場所で楽しめる。
価格: ¥69,800(税込)
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Apple iPod shuffle 512MB M9724J/A
「意外性に満ちた毎日」にようこそ。iPodの「曲をシャッフル」機能が、「次に再生される曲がわからない」楽しさで、お手持ちのミュージックコレクションに新境地を切り拓いてくれる。iPod shuffleは、お気に入りの曲を毎回ちがった順番で再生して、「お決まりのパターン」を...
価格: ¥10,980(税込)
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